「昨日は悪かったな」
いつものように、千絃が家まで迎えに来てくれた次の日。
会ってからすぐに千絃は気まずそうにしながらも、そうやって謝ってくれた。
彼は強気な部分があるが、本当に悪いと思った事にはしっかひりと謝罪してくれる所が昔からあった。千絃に貸した本を彼が誤って汚してしまった時は新しい本を買って「悪い。汚した」とぶっきらぼうに本を差し出してきた事を思い出してしまった。
どうしてキスなんかするの?
そう聞きたい気持ちは山々だった。けれど、今から大切な仕事が待っているのだ。
響はグッと我慢する事にした。
「……ねぇ、千絃。今日の夜って空いてる?少し話がしたいんだけど………」
「あぁ。大丈夫だ」
「ありがとう。じゃあ、千絃の仕事が終わるまで待ってるね」
「わかった。」
あっという間に終わった会話。
でも、それでも進展を予感するような展開に、響は思わず笑みをこぼした。
彼の気持ちが知れるかもしれない。そして、自分の気持ちも伝えられるかもしれない。
そう思うと、怖いと思いつつも、何故だか楽しみでもあった。
長い年月会えなかった時間は、千絃との距離も遠いものになっていたのかもしれない。
けれど、本音で話せばきっと前みたいに戻れるかもしれない。
それが、例え自分の気持ちを伝えて、千絃に断られたとしても、きっと友達には戻れるのではないかと期待してしまう。
約束を破って理由も。キスをするわけも。
そして、仕事に誘った事も。
きっと何かあるのだろう。
2人きりで過ごす夜の時間の想像しながら、響はゆっくりと走る車から新緑の木々と街並みを見つめて仕事場へと向かったのだった。