そう。今、千絃が作り始めているのはまだゲームを作り始める段階なのだ。それなのに、期待されているのだからすごいなと、ゲームに詳しくない響でもわかる。
それぐらいに注目を浴びている作品に自分が関わろうとしている事に、響自身が驚いている。
しばらく3人で動画の再生数やコメントを見ていたけれど、関がゆっくりと本題を話し始めた。
「さて、漣さん。今回の動画を見ていただいた上で、今後わが社のモーションキャプタとして働いてくれませんか?このゲームが終わった後も違う作品でも推薦しますし、それに他の会社からも目を向けてもらえるチャンスだと思います。私たちは、このキャラクターはあなたしかいないと思っています。きっとそれは、私たちだけではなく、動画をみたファンも同じようです。ぜひ、ご検討ください」
「………はい。ただ、私は武道しか経験がなく、恥ずかしながら他の事をして働いた事がありません。………ですので、お役に立てるか」
「私たちは漣響という人の剣に惚れ込んでお願いしているのです。私たちはあなたがいいと思っています。………なので、少し考えて見てはくれませんか?」
とても優しく語りかけてくれる関だが、言葉はとても熱く熱心に勧誘してくれているのがわかる。そこまで自分を求めてくれる人がいるのは幸せな事だとわかっていた。
けれど、ここですぐに返事が出なかった。
やってみたい気持ちは大きい。
だが、ここでここで働いてしまったら、本当に剣道の道は絶たれてしまうのではないか。そんな恐怖さえもあった。剣道の道から離れたいと思っていたはずなのに………未練がましいな、と響は心の中でため息をついた。
響は先ほどから黙ったままの千絃の方に視線を向けた。けれど、彼はいつものように無表情のまま響を見ているだけだった。
「…………3日間待っていただけますか?前向きに検討させてください」
「わかりました!ぜひ、よろしくお願い致します」
待たせてしまう事は忍びなかったけれど、響が好感を持っているのは関にもわかったのだろう。3日後に連絡をするという事で、今日はお開きとなった。
そして、この日は千絃は響を自宅まで送ってくれはしなかった。