「もう少しで道場の者達がやってくる。今日こそ稽古の相手をしてくれないか?皆、響くんが来るのを待っている」
「………申し訳ありません」
響は真っ直ぐな視線で見つめる双虹から逃げるように視線を逸らしてしまう。
双虹は響にとって剣の師匠だ。とても尊敬しており、また慕っている。響は双虹に何度助けられたのだろうと思うと助けになりたいとも思う。けれど、今の響は何も役立てないのだわかっている。
「君にお願いした、講師の件で悩ませてしまっているかな?」
「それは……自分が今何をするべきなのかわからないのです。だから、すぐに返事は出来なくて………」
「そうか。すぐに返事をする必要はない。私は待っているよ。もちろん、君が講師をしてくれるのは嬉しいけれど、次に何をしてくれるのかも興味がある。大いに悩みなさい」
「………はい」
響は双鏡に頭を下げた後、逃げるように剣道場から立ち去った。
近くのジムに行き、汗を流そうとした。けれど、そこでハッと気づく。そこはもう響は使えないのだ。
響は実業団所属の企業に勤めており、会社がバックアップしてくれていた。響が入ろうとしたジムを使えるようにしてくれたのも、会社だった。
けれど、響はその会社を退社したのだ。
「家に帰るしかないか………」
何年も通っていた場所につい足を運んでしまう。習慣はなかなか直らないものだ。
ため息をつきそうになるのを我慢しながら、響はその場所から立ち去った。