「大丈夫?泣いてたよね………何かあった?」
そう言って和歌は響の顔を覗き込んだ。
いつもよりも顔が近く、響は驚いてしまう。けれど、和歌の長く艶のある睫毛や女性が羨む白い肌が目に入り、思わず見いってしまう。
不思議そうに響の返事を待つ和歌の視線に気づき、響はハッとした。
「だ、大丈夫ですよ!何でもないです」
「本当に………?」
「欠伸しただけですよ。間抜けな顔を見られたと思って思わず顔を隠しちゃいました」
「…………泣いてない?」
響の言葉が信用出来ないのか、それでも心配してくる和歌に、今度こそしっかりと笑顔を見せようと、笑みを作った。
「泣いてなんかないですよ。だって……私、強いですから………」
そう、私は強いのだ。
剣を握れば、大抵の男にも勝てるだろう。体力だってあるし、護身術程度の動きだって稽古している。
そんな私は男一人の言葉で泣くはずもない。
どんなに辛い稽古でも、試合でも歯を食いしばってきたのだから。
「そうだね………。君は強いよ」
和歌の表情はどんなものだったのかはわからない。響がうつ向いたままだったから。
けれど、彼の声はとても優しかったのだけはわかった。その言葉だけが、今の響を安定させたような気がした。
部屋に帰る前に、アパートの前をこっそりと見たけれど、もうそこには千絃の車の姿はなかった。