「……最低ね」
「おまえがお礼したいって言ったんだろ」
「キスはいいなんて一言も言ってないわっ!」
響はそう大声を上げた後、涙が出そうになったので、咄嗟に車のドアを開けて逃げ出した。
彼は止める事も声を掛ける事も、追いかけることもなかった。
泣かれている姿を見られる事も嫌だったし、千絃の言葉からも逃げたかったしで、良かったはずなのに、何故かまた胸が締め付けられた。
涙を拭きながら、足早に部屋に帰ろうとした時だった。
「あ、漣さん、おかえり。他の人のポストに君の手紙が入ってたみたいだから、今預かったよ………」
「っっ………」
丁度部屋から出てきた和歌と鉢合わせしてしまったのだ。響は咄嗟に顔を隠したけれど、和歌は途中から響の異変に気がついたようで、声音が変わっていくのがわかった。
そして、心配そうに「漣さん?」と名前を呼んで近づいてくるので、響は泣いた顔のまま笑顔を見せた。笑えば誤魔化せると思ったのだ。
けれど、そんな響を見ても和歌はかえって表情を曇らせるだけだった。
うまく笑えていなかったのかもしれない。