「今度何かお礼するね。会社に何か持っていくよ。甘くないものがいいよね?」
 「……そんなのいらない」
 「そんな事言わないで。私がお礼したいから、ね?」


 そんな話しをしていると、響のマンションに到着してしまう。響はお礼を言おうした時だった。彼がシートベルトを外したのだ。「あれ?」と思った時には、千絃の体がこちらに近づいてきていた。


 「お礼は、おまえでいいよ」
 「…………ぇ…………」


 千絃の言葉の意味を理解する前に、響の体は彼に抱き寄せられ、そのまま唇に柔らかいものが当たった。
 キスをされている、とわかったけれど驚きで体が固まってしまった。
 ゆっくりと唇が離れたけれど、響の様子を見た千絃はクスリと笑みを浮かべると、またキスを繰り返した。舐めるようなキスからはほろ苦いコーヒーの味がして、響は千絃のキスをされているのだと強く感じられた。




 その時、響は初めてブラックコーヒーの味を知ったのだった。