「響、始めるぞ」
「はーい!」
遠くから千絃が呼ぶ声がした。
響は斉賀に挨拶をして、その場から走り出した。
響が駆けて来るのを千絃は笑顔で迎えてくれる。
「大事なシーンだから、結構長くなるが大丈夫か?」
「うん。シミュレーションはやってきたし、大丈夫!」
「………そうか、頼んだ」
「任せて!私は強いから」
「………強くないだろ?」
「え?」
予想外の事を言われてしまい、響はきょとんとしてしまう。
すると、千絃はそっと響に近づき耳元で何か囁いた。
「俺の前でだけは強くない、だろ?」
「…………っっ………」
響が顔を真っ赤にして彼を見ると、千絃は満足そうに笑みを浮かべ、通りすぎてしまう。そして、スタッフに「始めるぞ」と声を掛け始めた。
千絃の言う通り、彼の前だけは弱い自分を見せられる。
今も昔も漣響は千絃には弱いのだった。
けれど、それもまた幸せだと、響はわかっているのだ。