31話「懐かしい香り」
荒いキスを繰り返し受けながら、細く目を開けて千絃を見ると、彼はとても焦っているのがわかった。彼は嫉妬しているのか、ただただ怒っているのか。それとも、自分を狂おしいほどに欲しているのか。彼の気持ちがわかるはずがなかった。
けれど、きっと千絃は和歌のキスをよく思っていないのは確かだ。それは当たり前のこと。千絃が誰か知らない女性とキスをしたと知ったならば、響だって心がギスギスしてしまうだろう。そう思うと、黙っていればよかったと思ってしまう。けれど、彼に秘密はつくるべきではないとも思うのだ。
彼の気持ちを受け入れて、何度も何度も自分の想いを伝えていくしか、彼の怒りを鎮める方法はないのだろう。
響は彼のキスを感じながら、「私もキスをしてほしかった」そんな思いを込めて彼の背中に腕をまわし、ギュッと力を込めて抱きしめた。
すると、彼のキスが優しくなり、ゆっくりと唇が離れた。
「………悪い………いきなりすぎたな」
「ふふふ……いいの。私も千絃にキスして欲しかったから」
「消毒というか、上書きだな」
「そうなの?」
言葉は優しいが、彼の顔にはまだ笑顔がない。
響は笑顔で彼を見つめる。きっとまだ納得していない事があるのだろう。響には、もちろんわかっていた。