響は驚いた表情でペットボトルを見つめた。けれど、受け取りながら自然と笑みがこぼれてしまった。
さっそくそれを開けて一口口に含むと、爽やかな味と香りに包まれて、緊張していた体が和らいだ。
「そんなに好きかよ」
「な、何でよ………」
「美味しそうに飲んでたから」
「………好きよ」
「そーかよ」
素っ気ないやり取り。
それさえも懐かしい。運転する彼の雰囲気が柔らかくなるのを感じる。昔と同じ千絃だった。
確かにジャスミンティーは今でも大好きで、ペットボトルで何かを買う時は迷わず手にとってしまう。けれど、微笑んでしまったのは、千絃のせいだよ、と心で返事をする。
そんな些細な事を覚えてくれていたのだ。それが何よりも嬉しくて、心地よかった。楽しかったあの頃を思い出す事が出来た。
稽古帰りに、手を繋いで帰ったあの日々の事を。
ペットボトルを持つ手が、とても優しくなるのを響自身で感じながら、また薄緑色の水を口に含んだのだった。
懐かしさに浸りながら車に揺られていると、あっという間に目的地に到着していた。高いビルが立ち並ぶオフィス街でも一際新しくガラス張りの窓が大きく、高級感のある黒で統一されたビルだった。その地下の駐車場に入っていく。
「千絃………ここって何のビルなの?」
「俺が勤める会社が入ってるんだ。今日は休みだから俺だけだから安心しろ」
2人きりになる。
その言葉にドキッとしてしまう。けれど、先ほども車内に2人きりだったのだから緊張するほどでもないはずだ。そう言い聞かせて、響は隠れて大きく息を吐きながら背の高い千絃の後を追いかけた。