「さすがにこの時間に記者が待機しているはずもないだろうから……早いが起きて荷物を取りに行くか?」
 「うん………もう眠れないものね」
 「わかった。すぐに出掛けよう」


 2人はそう決めるとすぐにベットから起き上がり、まだうっすらと明るくなりつつある空の下、車を走らせた。

 響は千絃から借りたキャップ、そしてマスクをして自分の部屋へと向かった。
 まだ記者の姿もなかったので、響は安心していたが、こそこそと行動しなければいけない事に、まるで悪い事でもしているようだなっと思った。
 自分は元剣道の選手であり、剣道もメジャーなものではない。確かに応援してくれていた人が多く、試合の後にサインなど求められる事もあった。けれど、ここまで心配しなければいけなくなったのかと思うと、自分が飛び込んだ世界は何もかもが違うのだなと感じた。




 マンションの前に車を停めてもらい、響一人で部屋へ向かった。和歌を心配してか、千絃も一緒に行くと言ってくれたけれど、響は「大丈夫よ」と言って、車の中で待っているように伝えた。

 まだ薄暗い時間のためか、マンション内も静まり返っている。けれど、中庭だけがそよそよと風に合わせて木や草花が囁いている。その場所にはきっと彼が居る。そう思って中庭に視線を向けると、思った通り和歌の姿があった。
 今日は紺色の和装姿で、彼だけが庭の中で夜のように真っ黒に見えた。