「騙していたわけではないのですが………顔バレはあまりしたくなくて。申し訳ないです。ですが、今回はどうしても漣さんにお願いしたくて、ここまで来ました」
「………私が舞台に、ですか?」
響はまだ信じられないような顔で和歌の顔をジッと見返すと、和歌はコクンと小さく頷いた。その表情はとても真剣なとのへと変わっていた。
「今回は時代劇になります。と、言ってもフィクションですし、江戸時代のような武士が出てきても、みんなちょんまげなどはしておりません。日本の昔話を少し変えた、そんな異世界みたいなお話だと思っていただければ」
「ですが、私は舞台に出れるほどの技量はないと思うのですが」
「剣の技を求めているんですよ。台詞もほとんどない登場人物ですが、腕利きの剣士という役なのです。漣さんが稽古にきてくれる事で、他の殺陣のレベルも上がることも期待しているのです。もちろん、こちらの会社の迷惑のならない程度の稽古で構いませんので」
「………ですが………」
響が困って関を見ると、関は優しく頷いてくれる。
「いろいろな経験をしてみるのは良い事だと思うよ。けれど、時間は有限だ。溢れてくるものではないからね。漣さんが本当にしたいと思った事を選ぶといい、と私は思うよ」
「………そうですね」
「和歌さん、漣さんはすぐに返事を決められないだろう。何せ、今まで居た世界から飛びだ出してきたばかりで、この仕事自体にも慣れていない。返事を待ってくれませんか?」
迷う響を見て、関はフォローしてくれる。
すると、和歌は「もちろんです」と返事をした。
「急な話で困惑するのも無理はない。あなたとはいつでも会えますからね。しばらくお待ちます。………いい返事が貰えると期待していますよ」
そう言うと、和歌と関は部屋から出ていった。和歌は来たときと同じように手を振って去っていったのだ。
響は戸惑いの表情が隠せないままに2人を見送った。