目覚ましをかけずに寝てしまえば、待ち合わせに遅刻して会わずにすむ。
 そう思って寝たはずだった。
 だが、習慣というのはすごいもので、いつもの時間に目を覚ましてしまった。朝早い、まだ静かな時間。響はため息をついてベットから起き上がった。
 昨日双虹に会ってしまい再度誘われてしまった。まだ返事の答えが出ていないので、会いづらくなってしまった。
 そのため、このアパートの中庭を借りようと決めた。


 このアパートは3階建てで少し古い作りになっているが、煉瓦模様の味のある建物だった。一つ一つの部屋が広く、住民も少ない。そして、コの字型に建てられマンションの中央にはちょっとした中庭があった。管理人が植物が好きなようで、四季折々に花が咲く木々や草花が育てられていた。
 だが、それを見る人はあまり居ない。きっと管理人と響ぐらいだろう。響はこの中庭を見ると離れた実家を思い出すのだ。実家のものよりは小さいけれど、雰囲気が似ている。
 春は桜や木蓮、梅雨は紫陽花。夏は向日葵や朝顔、秋は金木犀、冬は牡丹。四季それぞれに楽しめる植物が植えられているのだ。
 今は、あの公園と同じように小振りの桜の木は緑に染まっていた。それを見ると、響は心が乱れてしまう。

 響は頬を手でパンパンッと叩き、気合いを入れる。
 そして、一心不乱に竹刀を振った。
 静かな庭に、自分の足音と、振り下ろす際に竹刀が震える音が響く。
 いつもならば剣の事だけを考えたり、無心なのだが、今日は違った。
 頭の中では、昨日の千絃の事が浮かんでくる。
 どうして街中で自分を見つけられたのか。そして追いかけてまで仕事に誘ってくれるのは何故?考えると、胸がドキッと高鳴る。
 けれど、遠い記憶が頭を過ると、その興奮は一気に冷めたものになるのだ。
 その度に響は肩や手に力が入ってしまう。それではダメだと思いつつも竹刀を振ることを止める事は出来なかった。なにもしていないと、考えてしまうから。