理由を聞こうと思ったのもつかの間、紗奈ちゃんが私の後ろを見てニヤリと笑った。
慌てて振り返ると、そこにはダッシュでこっちに向かってくる湊先輩の姿。
その後ろを、朝日先輩が追いかけてくる。
「おーい! 莉子ちゃん紗奈ちゃーん!」
笑顔で手を振っている朝日先輩に、ぺこりとお辞儀した。
「莉子……よかった。無事そうで」
まるで危険地帯から生還した人を見るような目で私を見て、ホッとした様子の湊先輩。
家から来るだけだったんだけど、どうやらすごく心配をかけてしまったらしい。
湊先輩って、もしかして過保護、なのかな……?
そう疑問に思ったとき、何やら湊先輩が私のほうを見て、少し驚いた表情をしている。
……?
「……私服、初めて見た」
あっ……服装……。
「へ、変ですか……?」
「ううん、すごい似合ってる。可愛すぎてびっくりした」
……っ。
相変わらずの直球すぎる言葉に、顔に熱が集まるのがわかった。
お世辞だろうけど、それでも、湊先輩に可愛いって言われて、嫌な気はしない。
おしゃれしてきて、よかった……。
「湊先輩のユニフォーム姿も、かっこいいです」
「ほんと?」
「はいっ」
「莉子に言われるとすっげー嬉しい」
本当に嬉しそうに笑う湊先輩に、キュンッと胸が高鳴る。
「はいはい、そこいちゃつかない!! 俺らの応援席に案内するね」
なっ……! いちゃついてなんかないのに……!!
朝日先輩の言葉に更に顔を赤くしながら、慌ててついて行く。
「富里、ありがとう。莉子のこと守ってくれて」
隣を歩く湊先輩が、紗奈ちゃんにそう声をかける。
「先輩、ほんとに過保護ですね」
「莉子は可愛いから、心配なんだよ」
……っ、ま、また……!!
いつも思うけど、湊先輩は目がおかしいのかな……?
私なんかにいつも、可愛いって……。嬉しいけど、恥ずかしい。
「そういえば湊、紗奈ちゃんとも普通に話せるようになったんだな!」
朝日先輩が湊先輩にそう言うなり、すかさず紗奈ちゃんが口を開いた。
「それあたしも思いました!! 前は女だから若干苦手そうな雰囲気出てましたけど!」
あ……確かに。
最初は少しよそよそしかったけど、最近は普通に話している気がする……!
「ああ、富里は性格がサバサバしてて男っぽいし、莉子の友達だから平気」
「あ……ちょっと傷つきました」
「褒めたつもりだったんだけど」
何気ない話をしながら、4人で笑い合う。
「湊デリカシーなさすぎ。紗奈ちゃんかわいそうだろ」
「お前だけには言われたくない」
なんていうか、別に同じクラスでも同じ学年でもないのに、このメンバーでいるのが、すごく楽しい。
いつまでもこんな日々が続けばいいのにな……。
そう、密かに願った。
【side 湊】
正直、莉子が試合を見にくることに、賛成ではなかった。
来てくれるのはもちろん嬉しい。
でも……。
嫌だったんだ。
「なぁ見ろよ、あの子」
「ヤバくない? 可愛すぎだろ!」
「なんかのモデル? 今年の応援マネージャー候補?」
俺たちが応援席へ向かう最中。四方八方から感じる視線に、苛立ちは増すばかりだった。
やっぱり……莉子が来たら、必然的に男の視線が集まる。
これが嫌だったのに……他の男に、莉子を見られたくなかった。
なんて……。まだ彼女でもないのに、どんなわがままな嫉妬だよ。
「……湊先輩? どうかしたんですか?」
「え?」
「なんだか……。怖い顔してます……!」
俺のほうを見ながら、悲しそうにそう言う莉子。
俺は慌てて、莉子にしか見せない笑顔を浮かべた。
「ごめん、考え事してた。なんでもないから大丈夫」
莉子を怖がらせたら本末転倒だ。
とりあえず、このうざったい視線はできるだけ俺が遮断しよう。
ていうか……。注目の的になるのも無理はない。
ただでさえ可愛いのに、今日は私服に加えて、うっすら化粧もしている。
髪も可愛らしく括り、いつも以上の可愛さだった。
俺の、唯一の人。
好きで好きでたまらない、たった1人の女。
こんなふうに試合を見に来てもらえる関係になれたことが、正直今でも夢みたいだった。
「莉子、ここで見てて」
「はいっ……」
俺たちのチームが待機する応援席へとついて、莉子を俺の席の隣に座らせる。
他の部員はスタジアムの売店に行ったり、休憩に入っているようで、幸い今は俺たちの4人だけ。
前の席に座った朝日と、その隣に座った富里が楽しそうに話していて、俺も莉子とゆっくりできる時間を噛みしめようと思い椅子に座った。
「今日の試合、1時までには終わるから」
初戦とそれを勝ちあがったら2回戦目、負けることはないだろうから、今日は合計2試合ある。
帰りに、4人で遅めの昼飯を食べに行く予定。
試合まで、あと50分くらいか……。
「莉子、はい」
さっき買っておいた苺ミルクを莉子に渡す。
「わっ……ありがとうございます!」
「どういたしまして。俺もちょっと飯食っていい?」
カバンの中から、莉子の苺ミルクと一緒に買ったパンを取り出す。
「湊先輩、それ朝ごはんですか?」
「うん。朝食べる時間なかったから。今のうちにスタミナつけとこうと思って」
寝坊したというのは秘密にし、パンの袋を開けようとしたときだった。
「あ、あの……」
「ん?」
なぜか顔をほんのり赤く染め、手に持った袋を俺に差し出してきた莉子。
「これ……。あの、ありがた迷惑かなって思ったんですけど、よかったら……」
……え?
そっと受け取り、袋の中身を見る。
これ……。
「……弁当?」
可愛らしい袋に包まれていたのは、弁当箱だった。
「スタミナがつくおかず、たくさん入れましたっ!」
恥ずかしそうに笑う莉子を、抱きしめたい衝動に襲われた。
もちろん、必死に我慢したが、喜びは抑えられない。
「……すっげー嬉しい」
莉子が作ってくれたのか……?
俺のために?
「食べていい?」
多分今、子供みたいにはしゃいでいる自覚がある。
でも、そのくらい嬉しくて、感動していた。
コクコクと首を縦に振った莉子を見て、すぐさま弁当のふたを開ける。
中は色とりどりの野菜や肉、可愛らしい形をした料理がたくさん入っていて、冷めているはずなのに食欲をそそるいい匂いが鼻腔を刺激する。
一瞬勿体無くて食べたくないという気持ちにすらなったが、ありがたく箸を取った。
どれから食べようか悩んだ末、肉巻きおにぎりを口に入れた。
「……美味い」
なんかもう嬉しすぎて、そんな稚拙な言葉しか出てこなかった。
「こんな美味いもん初めて食った」
まず、手作りの弁当からして感激しているのに、唸りそうなほど味も格別。
箸が止まらなくて、バクバクと食い進めていく。
うっま……。
莉子は俺の感想にホッとしたのか、胸を撫で下ろしたあと、くすりと控えめに笑った。
「湊先輩、大げさです」
花が咲くような愛らしい笑顔に、冗談抜きで心臓が貫かれる音が聞こえる。
……可愛い。
なんでこんな……可愛いんだ。
「大げさなんかじゃない。ほんとにそのくらい美味しい」
「えへへ、お世辞でも嬉しいです。ありがとうございます」
ただでさえ骨抜きにされているのに、胃袋まで掴まれて、俺はどうすればいいんだ。
もう、莉子がいない生活に戻れる気がしない。
今のこの関係が、焦れったくて仕方なかった。
友達期間というやつから、一刻も早く抜け出したい。
日に日に、莉子を知るたびに惚れ直す。
好きっていう気持ちがデカくなる。
自分でも、もうどうしようもないくらい好きでたまらないって気持ちなのに、更に好きにさせられる。
本当は、毎日焦っていた。
早く俺のものになってほしい、他の男に取られるんじゃないか、やっぱり俺のことを好きにはなれないって正気に戻るんじゃないのか……。
そんなことばかりを、いつも考えてしまう。
どうやったら莉子が俺を好きになってくれるのか、もうずっと考えているのに答えが出ない。
他の女なんてどうでもいい。
ていうか、莉子以外いらない。
莉子だけでいいから……。
頼むから、俺のこと好きになって。
そんなことを、毎日願っている。
「……湊先輩? ぼーっとしてどうしたんですか?」
「……っ、いや、何もない」
「そうですか?」
「弁当ありがとう。全部美味しかった」
あっという間に空になってしまった弁当箱を見て、残念に思った。
十分お腹は満たされたけど、もっとずっと食べていたかった。
「全部食べてくれて嬉しいです」
「あのさ」
「……?」
「また……作ってくれる?」
少しわがまますぎるだろうかとも思ったが、どうしてもこれを最後にしたくなかった。
恐る恐る聞いた俺に、莉子が満面の笑みを浮かべる。
「はいっ。もちろんです……!」
……よかった……。
「ありがとう」
無意識に、頭を撫でようと手を伸ばした。
そっと触れようとしたとき、
「戻ったぞー!!……って、お前ら!! 何しれっと彼女連れてきてんだよ!!」
……チッ。
うるさい人たちが帰ってきて、伸ばした手を引っ込める。
ぞろぞろと戻ってきた、3年の先輩たち。
「……って、もしかして小森莉子ちゃん……!?」
「うわマジ! 本物じゃん!!」
「湊お前……噂はマジだったのか!!」
あー……最悪。
俺たちを見るなり騒ぎだした先輩たちに、ため息が漏れる……。