クールな生徒会長は私だけにとびきり甘い。


彼女は湊先輩の腕に自分の腕を絡め、楽しそうに話している。

湊先輩は無表情だけど、決してその手を離そうとはしなかった。

ズキンッ。

心臓が、今まで感じたことのないような痛みに襲われる。

湊先輩、今日は用事があるって言っていたけど……。

用事って、他の女の人と、遊ぶことだったの……?


「えっと……莉子? なんかあれじゃない? 逆ナンでもされてただけだって……」


私を慰めようとしてくれているのか、紗奈ちゃんがそう言ってくれるけど、あきらかにそうではないとわかる。

だって、湊先輩の女性嫌いは私も十分知っていたし、普通の女の人が触ろうものなら容赦なく振り払うはずだ。

だからきっと……。あれは湊先輩も同意の上で、腕を組んでいるんだろう。


「……あんまり気にする必要ないよ……。ほ、ほら、瀬名先輩女嫌いだし! なんか理由があるんだよ!」


紗奈ちゃんの慰めも、もう私の耳には届かなかった。

ダメだ……。


「……ごめん紗奈ちゃん、私……帰る」


……泣き、そう。

このままここにいたら、情けなく泣いてしまう。

紗奈ちゃんに迷惑をかける前に、一刻も早くここから逃げ出したかった。


「ちょっと莉子、ほんとに誤解だよ、きっと。なんなら直接先輩に聞いてみようよ?」

「ううん……。ごめん、今日見たことは、瀬名先輩には言わないでほしい」


真実を確かめるのが怖い……。


「ごめんね……ま、また明日!」

「ちょっ……莉子!!」


引き止める紗奈ちゃんの声も聞かず、私は逃げるように走った。

あの湊先輩が、女の人と腕を組んで歩いてた……。

一直線に家へと帰って、自分の部屋に入る。


「こんなのって、あんまりだ……」


ドアにもたれかかるように、ズルズルとその場に座り込んだ。

私、今日告白しようと思っていたのに。

本当は、緊張で昨日もよく眠れなかった。

湊先輩にちゃんと伝わるように、告白の言葉もたくさん考えて、必死に悩んで、それなのに……。

伝えることすらできずに、失恋しちゃったの?


「湊先輩……」


無意識に、その名を口にしていた。

さっきの光景を思い出して、我慢していた涙が溢れ出す。

今頃湊先輩は、あの女の人といるんだ。

とっても綺麗な人だった。

私とは違って、美人で、大人っぽくて、湊先輩に釣り合うような人だった。

お似合いだって……。思っちゃったっ……。


「心臓が、潰れちゃいそぅ……」


ズキズキと痛んで仕方がない胸を押さえ、声を押し殺して泣いた。

私よりもあの女の人を優先したっていうことは……。そういうことだよね。

私はもう、いらないってことで……。

もう湊先輩に、近づかない方がいい。

きっとそばにいたら、もっともっと好きになっちゃう。

今ならまだ、諦められる……。

涙をゴシゴシと拭ったとき、ポケットの中のスマホが震えた。

紗奈ちゃんかな……?と思って画面を開くと、そこには今一番見たくない人の名前が表示されていた。


【莉子、今日はほんとにごめん。今週の日曜日ってあいてる?】


……っ。

その湊先輩のメッセージに返事をしないまま、スマホの画面を落とした。

お願いだから……。これ以上、私に構わないで。

人を好きになることが、こんなに苦しいなんて、思ってもいなかった。
【side 湊】

最近、莉子に避けられている。

気のせいなんかじゃない……。絶対に避けられていると断言できる。

一昨日のテスト最終日。

本当は、莉子とデートの約束が入っていた。

その日のためにテスト勉強を頑張ったと言っても過言ではないほど楽しみにしていたのに。

つまらない用事が入ってダメになってしまった。

そのあとからだ……。莉子の様子が変になったのは。

何度連絡しても、返事はない。電話をかけても出ない。

挙げ句の果てに、直接莉子の教室に行っても、富里に「今はいません」と追い返される始末。

昨日は生徒会終わりに迎えに行ったら、すでに帰っていて……仕方がないから、今日の昼休みに話そうと思っていたのに。


「……富里、莉子は?」


今日もいつも通り屋上に行ったものの、莉子がいない。


「委員会があるそうですよ」

「昼休みに?」

「はい。というか、当分は委員会があるのでお昼は一緒に食べられません、ですって」


……絶対嘘だ……。



俺と目を合わせず、黙々と弁当を食べる富里にため息をつく。

ここまであからさまに避けられて、はいそうですかと引き下がれるか。


「なぁ……何か知らない?」


恐る恐る、富里にそう問いかける。


「何かとは?」

「莉子に避けられてる気がするんだけど……」

「さぁ? まったく知りません」


 「なんのことでしょうか」と胡散臭さ全開で返事をしてくる富里に、今度はもうため息すら出なかった。

まずい……。本気でまずい。

富里の反応からして、多分莉子は俺に何か怒っている。

多分、避ける理由が俺のほうにあるんだろう。

でも……。何をした?

デートの約束を破ったこと……? いや、でも断ったとき、全然怒った様子じゃなかったしな……。

考えれば考えるほどわからない。

食欲も湧かなくて、俺は食べかけのパンを袋に戻した。


「ねーえ紗奈ちゃん、ほんとに知らない? 湊本気で落ち込んでて部活にも影響出てんの。昨日なんて凡ミスのオンパレード。知ってたら教えてくんない?」


隣に座っていた朝日が、珍しく助け舟を出してくれた。

余計な言葉も入っているが、事実だから否定できない。

情けないことこの上ないが、莉子に避けられてからというもの、なんにも身が入らない。

昨日なんて、部活の練習試合中、先輩から戦力外通告を受けてしまった。

このまま莉子に避けられ続けたら……。

……そう考えるだけで、恐ろしくてたまらなかった。

さっきまで無言で食べ続けていた富里が、朝日の声にわかりやすく反応し、顔を上げる。

こいつ、朝日と俺への態度が違いすぎるだろ。


「えっ……! 朝日先輩のお願いなら……。いっ……いえ! あたしは莉子の親友ですから!!」


ハッと我に返り、背筋を伸ばし、再び黙々と食べ始めた富里。

朝日でもダメとなると……。いったい、どうすればいいのだろう。

まあでも、富里の口調からして……。


「そんな言い方するってことは、莉子は俺のことを避けてて、かつ理由がちゃんとあるってことか」

「自分の胸に手を当てて聞いてみてください」

「……いや、心当たりがない」


途方に暮れてしまって、頭をガシガシとかいた。

富里が、そこまで頑なに隠す理由がわからない。

莉子に口止めされている?

この2日で、いったい俺は何をした?

……いや、待てよ。

まさか、単純に俺に会いたくないだけ……?

でも、会いたくない理由ってなんだ?

もしかして……。他に、好きな男ができた、とか?

莉子は優しいから、俺に会うのが気まずくて……。

ダメだ、やめよう。

嫌な方向にばかり考えてしまって、抜け出せなくなりそうで、一旦思考を停止させる。

こんなふうに考えてしまったらキリがない。

わからないなら……。


「本人に聞くしかない……か」


俺は1人決心をして、誰にも聞こえないような声でそう呟いた。

放課後になりHRが終わった瞬間、俺は急いで教室を飛び出した。
一目散に、莉子の教室へと向かう。

クソッ……! 担任のどうでもいい話が長すぎた……。

小さく舌打ちをして、階段を駆けおりる。

莉子のクラスに着いて急いで莉子を探したけど、その姿は見当たらなかった。

間に合わなかったか……。

ていうか、どれだけ俺と会うのが嫌なんだよ……。

人目も気にせず、頭を抱える。


「あのっ……」


背後から女の声が聞こえて、それが自分に向けられたものだとわかった。

もちろん返事はせず、頭の中で莉子の行動を予想する。

今日は委員会はないはず……。だから、保健室には行かないだろう。なら、帰った……? このまま追いかければ間に合うか……。いや、家に帰ったわけじゃないかもしれない。

あークソ……。これ以上、莉子に避けられるのは耐えられない。

もう、莉子に会いたくてどうにかなりそうだった。


「あ、あの! 小森さん探してるんですか?」


……え?

さっき無視した声と、同じ声がした。

普通なら無視をするけど、莉子という名前に反射的に振り返ると、莉子のクラスメイトだと思われる女が3人立っていた。


「……莉子がどこ行ったか、知ってるの?」

「はい! 今日は親が遅くて、代わりに夕ご飯を作るからって言って、家に帰りましたよ……!」


……よし!!


「……ありがとう。助かった」


女に助けられたという事実は認めたくないが、莉子が関わることなら感謝せざるを得ない。

そういうことなら、今から走ればまだ間に合うんじゃないか?

莉子のクラスも、終わったばかりみたいだし……。よし、急ごう。
無我夢中で、廊下を駆け抜ける。

冗談抜きで、サッカーの試合以上の力を発揮しているんじゃないかと思うほどの全力疾走だった。

靴に履き替え校舎を出ると、30メートル程先によく知る小さな背中があった。

……いた……!


「莉子!!」


下校時間のため生徒も多く、周りの視線が一斉に俺へと集まる。

そんなことも気にせず、ビクリと肩を震わせた莉子の元へと全力で走って行く。

やっと追いついたと思った途端、振り返らずに走り出した莉子。


「……っ、待って!!」


さすがにサッカー部だし、足で負けるわけがない。

すぐに追いついて、折れそうなほど細い腕をしっかりと掴んだ。


「頼む……逃げないで」


俺の手を振り払おうとする莉子にそう言うと、ようやくこっちを見た莉子。


「は、離してください……」


……っ。

拒絶の言葉だったのにも関わらず、久しぶりに近くで見たことと、俺が大好きな声を聞けたことに感極まって、抱きしめてしまいそうになった。

ここは正門の近くで、大量のギャラリーがいるから、そんなことはしないけど……。


「わかった……なんて、言うわけない」