「なあ、本当に行くのか?」
俺の足元にあるスーツケースを眺めながら、爽月さんは言った。
「はい。あいつを救うことが、俺が死ぬまでにしたいことですから」
俺の頬に手を置いて、爽月さんは口を開いた。
「だからって高校生同士で同居をするのはダメだろ。お前が倒れそうになった時、高校生じゃちゃんと対処できないだろ」
確かにそれはそうかもしれない。でも。
「対処できなくてもいいです。俺が死ぬ前にあいつが家族と一緒に笑ってくれたら、それだけで俺は幸せですから」
「はあああ」
俺の返事を聞いて、爽月さんは一際大きなため息を吐いた。
「奈々絵、俺はお前を殺そうとした。それでも今は、お前が死ぬのを本気で嫌だと思っている。余命を過ぎても笑って生きていて欲しいと本気で思ってる! それでもお前は行くんだな?」
俺の腕を掴んで、爽月さんは叫んだ。
「そんなふうに言ってくれてありがとうございます爽月さん。嬉しいです。でも、ごめんなさい。俺は行きます」
本当に心の底から嬉しいと思った。でも迷いは一切なかった。俺はもう決めたから。この命をあづのためだけに使うって。
爽月さんはゆっくり腕を離した。
「どうせお前は俺がどんなに止めても行こうとするだろうから、俺はもう止めない。ただ後一つだけ言いたいことがある。奈々絵、もう後悔だけはするなよ」
「しませんよ、絶対」
「ならいい。家に無事着いたら連絡しろよ」
「はい。お世話になりました」
「ん。まあまだ編入のことがあるから、俺達はもう会わないわけじゃないけどな」
俺の頭を撫でて、爽月さんは笑った。
「それでも、俺がここにくるのは多分これで最後なので。ありがとうございました。少しの間でしたけど、楽しかったです」
「俺も楽しかったよ。ありがとう」
「はい」
爽月さんに向かってお辞儀をして、俺は家を出た。
「お待たせ、恵美」
家の前で待ってくれていた恵美に俺は声をかけた。
「んーん、そんなに待ってないから大丈夫。じゃあ行こ」
「ああ、行こう潤の家に」
「うん。でもその前に、薬局いかない? 奈々の髪の色選ぼうよ」
「え、本当に俺の髪やってくれるのか?」
「もちろん! 奈々こそあたしで大丈夫? あたし、まだ資格持ってないけど」
恵美は不安そうに俺の顔を覗き込んだ。
「ああ、大丈夫。むしろ恵美がいい」
美容院に行ったら店員に女だと思われるかもしれないし、他人から刃物を向けられるといじめのことを思い出しそうだから、その方がいい。
「本当? それなら精一杯やらせてもらうね」
「ありがとう」
「うん!」
俺の顔を見て、恵美は元気よく頷いた。