「全くもう。あづのことになると本当に冷静じゃいられないんだから」
 潤が出ていったドアを見ながら、恵美は言う。
「まぁ状況が状況だからな。俺も身体のことがなければ、今すぐ飛び出したいくらいだし。はぁ……」
 ため息をつくと、俺は立ち上がって、キッチンに行った。慌てて恵美が後を追ってくる。

 ポケットから予備の薬を取り出して、コップに水を入れて薬を飲み直す。

「落ち着いた?」
 恵美が俺を見ながら首を傾げる。
「ああ、ありがとう」
 作り笑いをする俺を見て、恵美は目尻を下げる。

「ねぇ奈々、病院いかなくていいの?」

「行かない。……行きたくない。頼むから、今は見逃して。全部知らないフリして、あづの前では」

「なんでそこまでするの? 自分のことをもっと大切にしてよ!なんで自分が死にそうな時に、あづを優先してんの?」
「……あづが居なきゃ、少しも楽しくないから。病院にいてもこんな身体じゃテレビを見ることくらいでしか暇を潰せない。それなら俺は、短くても、あづや潤や恵美と一緒に、最期の瞬間まで馬鹿みたいに笑いあって死にたい」
「……馬鹿」
 恵美の瞳から、涙がこぼれ落ちる。

「恵美は優しいな。俺をこんなに心配してくれて。俺、……前に、恵美に酷いこと言ったし、酷いこともしたのに」
「そんな昔のこともう忘れたよ!」

「恵美」
 絶対嘘だ。絶対覚えている。

 俺が自分のことを人殺しだって言って勝手にお前らを突き放したのも、お前が女だったから、面会を拒否したのも。それなのになんで。
「なんてね。本当は覚えてる。でも、昔は昔だよ。それに、奈々が本当はすごくいい子なの、あづと話してるの見ればすぐわかるもん」
 嗚呼、神様は残酷だ。
 自殺未遂の後遺症で死ぬのは自業自得だから仕方がない。でも、死ぬ人間になんで、友達なんか作らせたんだ。なんで、なんでこんなに、俺は生きたいと思ってるんだ。ねえ神様、もし寿命が、金で買えるなら、俺の全財産を、いや借金をしてでも買うから。頼むから俺を、生かして。
 親戚中に恨まれていて、姉の代わりに生きながらえている俺を。

 虐待を解決させてあづの幸せを作り上げるだけじゃない。俺はあいつが両親と一緒に笑い合って買い物をしたり、食事をしたりしているのを見てから死にたい。作るだけじゃ、嫌だ。でもきっと俺は、あづが両親と一緒に笑い合っているのを見る前に死んでしまう。そんなの絶対嫌なのに。
「なあ恵美、いつか、いつか生まれ変わったら、もう一度、あづと、潤と、恵美と友達になれるかな。その時は、俺が先に死ぬなんてことなくて、おじいちゃんおばあちゃんになるまでさ、一緒に……っ」
 涙が頬を伝う。なんで、なんでこんなに辛いんだ。何度もしょうがないって、どうにもならないって、仕方ないって言い聞かせたのに。なんで俺はこんなに、生きるのを諦めきれないんだよ。