風呂場にいる義父さんが気づかないよう、なるべく音を立てずにドアを開けて家を出る。俺が家を出ようとしてるのに義父さんが気づいて声をかけてきたら、傷を見られてしまう。母さんが警察に捕まれないために、それだけは阻止しないと。はあ。俺って報われないな。こんなことを考えるくらい、母さんのことを思っているのに。そんなことを思いながら、俺はゆっくりとドアを閉めた。

 これからどうしよう。
 奈々とは喧嘩したから、怜央に会いに行こうかな。あいつはラインの返信来ないけど、別に喧嘩したわけじゃないし。そう思って、俺は怜央の家に足を進めた。

 俺が家のインターホンを押すと、怜央はすぐにドアを開けてくれた。
「あづじゃん。どうした?」
「怜央、怒ってる?」
「別に怒ってねえよ。あづの友達をいじめてたあいつらが悪いし」
 え。
「そう思ってたならなんで返信しなかったんだよ!」
「いやー実は今のいままで草加をとるかあづをとるか悩んでて、それで返信してなかった。でもまああづはやっぱなんも悪くないから、俺はあづをとるよ」
 思わずため息を吐く。
「よかった。俺、怜央に嫌われたら生きていけないから」

「えーそんなこと言ってくれんの?」
 喋り方がチャラい。

「うん」

「あづには潤がいんじゃん。あの口うるさいお兄ちゃんが」
 お兄ちゃんって。まあ確かにあいつは同級生というより、兄か母親って感じだよな。めっちゃ俺の世話焼くし。

「そうだけど俺、あいつらと喧嘩したし」

 怜央は意外そうな顔をして、目を丸くする。
「だから俺のとこに来たのか」

「うん。怜央、今日泊めてくんない?」
 怜央の顔を覗き込んで、首を傾げる。

「ああ、いいぜ。夜ご飯はさっき食べちゃったから、残り物くらいしかあげらんねえけど、それでもよければ」
「むしろ残り物で十分だ」
 ご飯を貰えるだけでもありがたい。

「じゃ、どうぞ」
 怜央がドアを限界まで開けて、俺を促す。
「お邪魔します」
 そう言って、俺は怜央の家の中に入った。

 俺が家の中に入ると、怜央はすぐにドアを閉めた。

「あづ、左足上げて」
 怜央は腕を怪我してる俺を気遣って靴を脱ぐのを手伝おうとして、そんなことを言う。
「え、いいよ」
「気にしなくていいから」
「ありがとう」
 好意に甘えて、怜央の手を借りながら靴を脱ぐ。

 怜央はサンダルを脱ぐと、玄関前の廊下の壁際の一番手前にあるドアを開けた。
 靴を玄関の隅に置いて、怜央の後を追う。

「母さん、父さん、今日あづ泊めるから」
 俺が隣に来るのを待ってから、怜央はいう。

 ドアの先にはダイニングがあって、その中央あたりに、怜央のお母さんとお父さんがいた。

「あらそう、わかったわ。今日はゆっくりしてってね、あづくん」
 怜央のお母さんが笑って言う。
「ありがとうございます」
 礼を言ってから、怜央のお父さんに目を向けると、お父さんは穏やかに笑った。

 思わず顔を伏せる。

 ……二人ともいい人そう。俺の家とは大違いだ。