「ありゃりゃ、ハズレちった。奈々絵に当てたかったんだけどな」
 草加はそう言って、意地悪そうに舌ベロを出す。
 鳥肌が立って、言葉を失う。
「おい、ふざけんのも大概にしろよ」
 怒りのこもった目で、あづは草加を睨みつける。
 これ以上殴ったらダメだとわかっているのか、あづは草加を睨みつけてはいたが、決して手を出そうとはしなかった。

「アハハ! 奈々絵、お前は本当に守られてばっかだな。本当にお前はクズで、泣き虫で、病弱で気持ち悪いったらありゃしねぇ。そんなんだからいじめられるんだよ」
 草加の言葉を聞いて、心臓を握りつぶされたみたいに心が痛くなる。
『死ーね! 死ーね!』
 中学時代に、草加と蘭とそのとりまき達にそう言われたのが頭によぎった。

「はあっ、はぁっ」
 呼吸が浅くなって、物事が冷静に判断できなくなる。
「――違う! 奈々はクズじゃねぇ! お前らがそう思い込んでるだけだ! 奈々の良さを知ろうともしなかったくせに、クズ呼ばわりすんな!」
 声が枯れるかのような勢いで、あづは叫んだ。
「あづ……」
 あづを見つめる。
 俺はその様子をただ見ていた。
「俺の親友を、馬鹿にすんな!」
 あづの怒号が病院に響き渡った。
 嗚呼。
 あづは本当に変だ。ただ俺を庇うだけならまだしもこんなに必死で怒って暴力を振るうなんておかしいにも程がある。

 ……死にたくないな。
 俺はずっと生きてるのが後ろめたいと思ってた。爽月さんに首を締められて、クラスメイトに散々死ねって言われて、ずっと早く死ななきゃって思ってた。でもあづに出会って、少しずつそう考えなくなった。

 ……死ねない。死にたくないな。
 こんなに俺を想ってくれてる奴を置いて。

「なんの騒ぎですか?」
 穂稀先生がドアを開けて、不審な顔をして部屋に入ってくる。
 あづの声がデカかったから、気になったんだろうな。
「ちょっとしたトラブルがあっただけです。大したことはないので、気にしないでください」
 いやむしろ大したことしかねえよ。
 警察の言葉に心の中でツッコミを入れる。
「そうですか」
「いい加減にしなさい!」
 草加の母親が椅子から立ち上がって草加のそばに行く。そして、草加の頬を勢いよく叩いた。
 いじめをする息子を叩くくらいにはまともな親だった。
 涙を流しながら草加を叱る母親を見て、あづは何も言わずに唇を噛んだ。
 穂稀先生とは違った、愛情のある怒り方を見て、どう反応したらいいのかわからなくなっているのだろう。