「亜月くん、君はさっき、どうしてお母さんの手を振り払った?」
「腕を怪我してたからです」
「確かにそれも、理由の一つだろう。でもそれだけが理由なら、腕が痛いから、今はやめてって言えば済む話だろう。それなのになんで、君はあんな勢いよく手を振り払った?」

 あづが手を振り払った時、バン!って、乾いた音が病室に響いた。そんな音が響くくらい強く振り払ったら、そりゃあ疑問にも思われるだろう。あづの素直さがとことん裏目に出たな。

「それは……」
 答えたくないのか、あづは顔を伏せて、口をぎゅっと結ぶ。
「あづ、大丈夫だから」
 俺がそういっても、あづは一向に話そうとはしない。

「赤羽くん、君は何か知ってるのかい」
 全部言ってしまいたくなった。あづの身体にあざがあることも、あづが学校を頻繁に休んでることも、穂稀先生とあづの関係性も、全部話してしまいたくなった。

 あづが俺の腕を掴んで、目を細くして、泣きそうな顔で俺を見る。相当力が込められているのか、掴まれた腕が真っ赤に染まった。
 俺の腕を掴んでいるあづの手が、小刻みに震えている。寒さに震えている子供みたいに。その震えはまるで、母親への恐怖心を現しているかのようだった。

 あづを自由にしてあげたい。

「こいつは何も知らないです。俺は本当に、腕が痛くて、振り払っただけです」

「亜月くん、別に、君が今何か言ったからって、お母さんをすぐに逮捕するわけじゃないんだよ。決定的な証拠もないし」

「でも、いつかはするんでしょう!」
 警察は、その言葉を否定も肯定もしなかった。
 これでは自分から虐待があると言っているようなものだ。あづは虐待のことを隠したいんじゃなかったのか。まあ俺はあづの家の虐待の問題を解決したいから、あづがそう言ってくれて良かったと思うけど。

「亜月くん、お母さんは、君の全てじゃない。そして君は、お母さんのものなんかじゃない。何かあったら、いつでも相談しに来るといい」
 警察の言葉を聞いて、あづは必死で首を振った。
 警察が、あづの頭をふわふわと撫でる。眉間に皺を寄せ、やめてというのをじっと我慢しているような顔をして、あづはそれに耐えていた。

「亜月くん、赤羽くん、草加くん、今日はもう帰りなさい」
「はいよ」
「はい」
 草加の返事の後に、あづと一緒に声を揃えて返事をする。

「俺らの処分は、どうなるんですか」
 あづが首を傾げる。
「それに関しては、これから君のお母さんと、草加くんのお母さんと、君たちの学校の先生と話をして、決めさせてもらうよ。とにかく、君達はもう帰りな」
 子供の出る幕じゃないと、遠回しに言われた。
 警察の言葉に頷いて、あづは椅子から立ち上がる。
 俺があづに続いて立ち上がろうとしたその時、誰かの靴が宙を待って、机の上に着地した。