キミが可愛くてたまらない。


「ど、どうしたのっ……!? 担任の先生に呼び出されてたんじゃ……」



どうしたの?じゃねーよ……。

お前がどっかの誰かに連れて行かれたって聞いて、俺がじっとしていられるわけないだろ。

つーか、こいつ誰だ?

こんなヤツ、クラスにいたか……?



「おい、舐めた真似してんじゃねーぞ」

「……いや……舐めた真似って言われても……」

「あ?」



男は真剣な表情で、俺をじっと睨みつけてきた。



「……新城にそんなこと言われる筋合いはないと思うけど」



俺がいない隙を見てしか声をかけられなかった腰抜けにしては、1番弱いところを突いてきた。

……そんなこと、俺が1番わかってる。

何か言ってやりたいのに、声が出ない。

図星を突かれて黙り込むなんて、カッコ悪すぎて笑えてきそうだった。


「こうくん……? えっと、心配して来てくれたの……?」

「……え?」

「あ、あのね、話してただけだから平気だよ。心配してくれてありがとう」



俺の顔を見上げながら、真由が笑った。

心配って……そんな可愛いもんじゃない。

嫉妬と、汚い独占欲。

真由が誰かに取られると思ったら、気が気じゃなかった。

だから……そんな無垢な顔で微笑みかけないでほしい。

――今すぐここで、抱きしめたくなるから。



「……花咲さん、さっきの返事……いつでもいいから」



男の言葉に、どくりと心臓が変な音をたてた。



「前向きに……考えてほしい」



おい、話ってなんだよ。



「……う、うん……わかった」



……は? 真由も、わかったって何が?

もしかして俺、来るの遅かった……?


「それじゃあ、俺は先に戻ってるね。また教室で」

「う、うん。バイバイっ」



真由に笑顔で手を振って、歩いていく男。

その背中が見えなくなるまで、俺は動けなかった。



「こうくん……?」

「……っ」



真由に名前を呼ばれて、ようやく我に返る。



「どうしたの? またぼーっとしてるよ……? やっぱり熱でもあるんじゃ……」

「……いや、大丈夫だから。……ていうか」



返事って、何……?

そう聞こうと思った瞬間、タイミング悪くチャイムの音が鳴り響く。



「わっ、予鈴鳴っちゃった……! 早く教室に戻ろう、こうくん……!」

「……ん」



聞きたい言葉を呑み込んで、俺は今にも消えそうな声で返事をした。

キーンコーンカーンコーン。

6限目の終わりを知らせるチャイムが校内に鳴り響き、教室には歓喜の声があがる。

「やっと終わったー!」や「帰れるー」と口々に言っているクラスメイト。

 教卓に立つ先生には申し訳ないけれど、私も今日ばかりはため息をつかずにはいられなかった。

なんだか、すごく疲れた1日だった……。

朝、中崎くんに告白されてから、ずっとぐるぐる考えていた。

返事はいつでもいいって言ってくれたけど、あまり待たせてはいけないよね……はぁ……。

教室に戻ってきたあと、夏海ちゃんがずっとニヤニヤして問いただしてきたし、それに……。



「こ、こうくん、帰ろっか」

「ん? ……うん」



……あれからなぜか、こうくんはずっと元気がない。

いつもテンションは低いほうだけど、今は低すぎる。というより上の空って感じだ。



「……」



き、気まずい……っ。

2人で家までの道を歩いている途中。

いつもなら何かしらの会話があるのに、今日は無言でずっと重苦しい空気が流れていた。


横目でちらりと、こうくんを見る。

こ、こうくん、すっごく怖い顔をしている……!

思わず「ひっ!」と声が漏れそうになったのを、必死にこらえた。

いったい、何があったんだろう……?

登校中は、いつも通りだったのに……。

……あ!



「こ、こうくん……もしかして、先生に何か言われたの?」

「……え?」

「あの、朝先生に呼び出されてたでしょ……? そのときから様子が変だから、どうしたのかなって……」



朝の出来事を思い出して、恐る恐る尋ねる。

きっとそのことに違いない……!

何か、悪い報告でも受けたのかな……?



「……いや、違うよ」

「そ、そうなの? なんの呼び出しだったのか聞いてもいい?」

「うん。作文がコンクールで入賞したらしい」



……えっ!

さらりとそう言ったこうくんに、私は目を大きく見開かせた。

入賞……? それって……!



「すごいね、こうくん! おめでとうっ……!!」



なんだか自分のことのように嬉しくなって、感情が高ぶるままにこうくんの手をつかんだ。

うわぁ……さすがこうくんだなぁ……!

この前も表彰されていたばかりなのに……。
ほんと、こうくんはなんでもできちゃうんだ……!



「ありがと」



照れくさそうに笑うこうくんに、私も同じものを返す。

それにしても、悪い呼び出しじゃなくてよかった……。

ちょっと心配していたから、ほっと胸を撫で下ろした。

って、こうくんに限って悪い呼び出しなんてないよね。



「お祝いしなきゃだね……!」

「おおげさだって。それくらいで」

「それくらいじゃないよ! すごいことだよっ……!」



こうくんはすごすぎて、周りのみんなはこうくんがなんでもできて当たり前だと思ってるみたいだけど……。

こうくんがどんなことも手を抜かずに頑張ってるってこと……私、知ってるもん。

いつもクールだから、こうくんが大喜びしてるところなんて見たことないけど……ほんと、すごいなぁ……。

改めて、おめでとうという言葉を伝えようと思ってこうくんを見ると、なぜかこうくんは私をじっと見つめて何かを噛みしめるような表情をしていた。



「うん。そうやっていつも、真由は俺以上に俺のこと、喜んでくれる」



……え?

独り言のようにそう呟いたこうくんに、首を傾げる。



「ほんと、そういうところも……」



こうくんは、何かを言いかけたけど、すぐに言葉を呑み込むように口を固く閉ざした。

……こうくん?

どうしたの……?

私がそう聞くよりも先に、こうくんは再び口を開く。



「なぁ」

「はあい?」

「今日、あの男になんて言われたの?」

「え?」

「朝、呼び出されてただろ? なんの話……した?」



ドキリと心臓が跳ね上がった。

こうくんの質問は多分、中崎くんのことだろう。

どうしてそんなこと聞くんだろうという疑問よりも、こうくんに聞いてみるという選択肢が先に思いついた。

私のことをよく知ってるこうくんなら、どうするのが正解か助言してくれるかもしれない。

中崎くんになんて返事したらいいか相談してみよう。



「あ、あのね――」

「あら! 真由ちゃんと煌貴!」



話を切り出そうとしたとき、前方から私たちを呼ぶ声がした。



「あっ……こうくんママ……! こんにちは」



前から歩いてくるこうくんママに気づいて、慌ててぺこりと頭を下げる。

隣から、こうくんが舌打ちをする音が聞こえた気がしたけれど……。

こうくんママは笑顔で私たちのほうに駆け寄ってきてくれた。



「ちょうどよかったわ~! 真由ちゃん、ケーキを食べに来てちょうだい!」

「え?」



ケ、ケーキ?


「今日ね、ご近所さんにたくさんもらったんだけど、うちはお父さんも煌貴も甘いものが苦手でね~。確か、真由ちゃんイチゴタルト好きだったわよね?」



イチゴタルトという単語に、身体がピクリと反応する。



「だ、大好きです!」



そう即答して、何度も首を縦に振った。



「よかったわ~! あたしちょうど出かける途中だったの! 少しの間留守にするけど、ゆっくりしていってね!」



こうくんママは「それじゃあね~!」と元気に手を振り、家とは反対の方向へと歩いていった。



「じゃあ、行こっか」



こうくんママの背中を見送って、そう言ったこうくん。

私の頭の中は、イチゴタルトのことでいっぱいで……。



「うん! おじゃまさせてもらいます……!」



このとき、こうくんが1人心を決めていたなんて……知る由もなかったんだ。