彼はソファー横のサイドテーブルにグラスを置くと再び私に顔を向けて言った。

「恋愛も一緒だ。その恋によって仕事や自分の生活に支障がでるような場合はリスクになる」

「社長には全てリスクが基準なんですね。そんな風に冷静に対応できる人間なんてそんなにいないんじゃないでしょうか。きっと社長が特別なんだと思います」

「特別ではないさ。経験を踏めば、やばいと思うことを事前に察知し無理なく回避できるようになる」

彼がさっき私と間違えて腕を掴んだ夢の中の女性は、きっとそういうリスクも克服した人なんだ。こんなにやっかいな彼を虜にする女性ってどんな人なんだろう。

私はグラスを持った両手を膝の上に下ろし、小さくため息をついた。

「自分を変えるって難しいですね」

「だから簡単ではないと言っただろう?しかし、さっき断言したばかりだと言うのに、たった数時間でその決心は揺らぐとはお前も大したことないな。もう少し根性のある奴だと思っていたが」

彼は顎に手を当てたままあきれたような顔で私を見下ろしている。

そして、ふと意地悪な笑みを口元に浮かべた。

「お前はまだ経験値が浅すぎるのかもしれない。ベルギーにいる間、俺と恋愛ごっこしてみるか?そうすれば少しは変われるかもしれない」

「ば、馬鹿にしないで下さい!」

どうしてそんな意地悪なことばかり言うの?私だって、今必死にこの場所にいるのに!

気付いたら、勢いに任せて彼の頬をひっぱたいていた。

静かなリビングにピシャっと軽めの、でも恐らく鋭い痛みが走ったであろう音が響く。

叩いてしまった右手の平がじんわりしびれていた。