「おはようございます……」

出社時間ぎりぎりに背後からささやくような声で挨拶をし、私の隣に座ったのは、今川 由美(いまがわ ゆみ) 二十五歳。

色白で黒髪を後ろに束ね、敢えて美しい顔を目立たせたくないのかいつも黒っぽい服ばかり着ている由美だけど、彼女の書く文章は見た目の大人しさとは裏腹にとても歯切れがよく、男っぽい力強さがある。

そんなミステリアスな雰囲気の由美の私生活も謎めいていて、実は有名な老舗呉服屋のご令嬢で学生時代は学校の前までリムジンをつけてもらっていたとかないとか。まぁ、勝手なイメージが先行しているような気もしなくはないけれど。

その時だった。
「間に合ったー!」と大きな声で叫びながらこのフロアにドタバタと飛び込んできたのは、松下 泰一(まつした たいち) 三十二歳。

信頼のおけるフリーランスのカメラマンで、私たちの雑誌の要になる撮影はほぼ彼に任せている。

「おはようございます!遅くなりました」

大柄な彼は、短く刈り込んだ額サイドの汗を袖でぬぐいながら、山根編集長にぺこりと頭を下げた。珍しく朝一番から登場した松下さんに、手帳のスケジュールを確認しながら尋ねる。

「早いですね。今日は何の撮影でしたっけ?」

「へ?」

タオルハンカチで、尚も流れる汗を拭きながら松下さんは逆に私に尋ね返すかのように目をパチクリさせる。

すると、山根さんがすっと立ち上がり私たちを見渡しながら言った。

「全員集合したみたいね。急なんだけど、今から十五分ほど打ち合わせいけるかしら?」

眼鏡を上げながら話す山根さんの表情はどことなく緊張感が漂っていて、例え急ぎの仕事があってもその十五分はなんとしても開けなければならないと判断する。