渡辺の話だと、つい最近Sビールの山科課長がやってきてうちの会社と手を組んでベルギーでクラフトビール造りを共にしないかと切り出されたとのことだった。

俺にはSビールがそんなことすれば自分の首を絞めかねないと言っていたのに。

しかも俺の企画をそのまま盗むような真似しやがって。

渡辺は不審に思い尋ねたところそこで俺の退職を知ったらしい。

もちろんSビールとは組む気はさらさらないと即座に答えた渡辺は更に決意をあらたにしたと俺に言った。

「ベルギーに行くよ」

「え?俺はもう投資することはできないぞ」

「大丈夫だ。工場を売った金でなんとかやるつもりだ」

「売った?まさか会社自体手放したんじゃないだろうな」

「手放したよ」

ったく!

渡辺の本領発揮だ。思い切りのよさは誰にも負けないが、こんな時に全てを手放さなくても。

「俺、礼くんに言われて開眼したんだ。ベルギーのビールを色々調べていて、こんなにも多種多様なビールが存在し国民に愛されているなんて俺の作ってるビールなんかまだまだ子供みたいなもんだ。ぜひ、現地でそのすばらしさを体感しながら人生をかけて自分だけのビールを作りたいってね」

「本当に大丈夫なのか?」

「ああ、大丈夫だ。それに俺はもう一人じゃないしな」

「一人じゃないって誰か連れていくのか?」

「結婚する。咲さんって人だ。彼女もおもしろそうだと言ってくれた」

そうだったのか。

結婚を考えていたのに俺はそんな提案をしてしまったんだということに後悔するも、少しも不安気な様子のない渡辺に救われていた。