渡辺ほどの自由人が愛する人を見つけたことで、これほどまでに大人しく変わってしまうとはその時は思いもしない。

「そんなに簡単に土地や販売店なんか見つけられないだろう?ビール大国に飛び込んできたどこその誰かもわからない日本人に」

渡辺は、猪口を傾けながら俺に視線を向ける。

「ああ、確かにね。でもそこは既に手を打ってある」

「手を打ってるって、お前まさかもう一人で突っ走ってるんじゃないだろうな」

「いや、渡辺の先手を行ってるだけだ。どうってことないさ」

彼は額に手を当て苦笑する。

俺はこの話を持ち掛ける前に渡辺の不安を払拭すべく事前に調査していた。

「俺の知り合いに大手のSビールの課長がいるんだ。Sビールは既にベルギーにも進出しているからそのつてで土地のことや販売店については情報は入ってる」

「おいおい、Sビールの知人にはもう相談済みかよ」

「相談っていうほどでもないが、その時がきたら頼むよっていうくらいだ」

「十分だよ」

渡辺はあきれ顔で笑う。

いい返事はもらえずにその日は帰ったが、彼の反応は悪くはないと感じていた。

今から思えば、その当時、自分自身そして他人を信じすぎていたのかもしれない。まさかここにリスクが孕んでいるとは少しも感じていなかったのだから。