上り切った先に黒いビジネスバッグらしきものが転がっている。

まさかさっきの女性のものか?

男の荒々しい声がする方に体を向けると、男が女性に馬乗りになって今にも殴りかかりそうだ。

これはまずい状況だな。

俺は速足で男の前まで歩み寄ると、突然現れた俺に一瞬焦りの色が見えた男の襟首を掴み引き上げ自分の足元に投げ倒した。

思っていたより小柄な男でよかった。いや、俺がでかいだけか。

男は崩れ果てた自分の体をなんとか起こすと、俺をにらみつけ「なにしやがんだ!」と叫んだ。

お前こそ女相手に何やってんだ。

吐き捨てるように小さく呟くと、そいつの襟首を掴みグッと持ち上げる。

威勢がいいわりにじたばたしてるだけで、俺にとっちゃ痛くもかゆくもない。

「いてっ!離しやがれ!」

ああ、すぐに離してやるさ。

俺は片側の眉を引き上げてそいつをにらみつけ、要望通りその手から離してやった。

男は俺の足元にズドンとにぶい音を立てて落ちる。

サイズが違いすぎて歯が立たないと思ったのか、男は「覚えてろ!」とくだらない捨て台詞を吐いて逃げていった。

全く時間の無駄だ。

俺はああいうくだらないタイプが一番嫌いだ。

弱いものには強く出るけれど、実際大した能力もない奴。

軽く上着を払い顔を上げると、さっきまで馬乗りされていた女性がいつの間にか立ち上がり俺に礼を言っていた。

あれだけ馬乗りにされていた割には、しゃんと立っていて特に大きなけがもない様子に逆に驚く。

そして、街灯に照らされたその女性の顔は確かに見覚えがあった。

昨晩、バーでつっぷしていたあどけない寝顔のショートカットの女性。

危機管理のなっていない彼女は、また自分の危険も顧みず今こうして俺の前に立っている。