その時だった。

私のすぐ横の座席で女性がごく小さな声で「やめて下さい」と言うのが聞こえた。

カウンターを背にしてソファーに二人並んで座っているからカップルかと思っていたんだけど、どうも違うようだ。

明らかに不安気な表情でうつむく女性の肩を抱き自分の体に執拗なまでにに引き寄せている男性はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。ラフな柄物のシャツを着ていた男性は四十代くらいだろうか。若い女性とはかなり年齢差があるように感じる。

辺りを見回すも、誰も気づいているような気配はなく、バ-テンダーですらこちらを全く気にせずかちわり氷を作っていた。

もう一度チラッと二人に視線を向けると男性の手が嫌がる女性の膝の上に置かれ、女性は怯えた表情で拒むこともできず体を硬直させている。

これってやばいやつだよね?

薄暗がりをいいことに好き放題にかよわい女性をいたぶってる。

昨晩の自分がふいに重なりお腹の奥に沸々としたものが込み上げてきた。

この状況を見ているのはわたしだけ。彼女を助けられるのも私だけ。

これまでにも何度もこの強すぎる正義感で痛い目に合っているということも承知している。

私とは全く関係がない人達、しかも私はここに別件で訪れているというのに!

頭でゆっくり考えることもしないまま、思わず男性に顔を向け強めの口調で言った。

「彼女嫌がってるじゃないですか。止めてあげて下さい」

ジャズの穏やかな音色が私の言葉をすぐに掻き消し、店内で気に止めるような人もいない。

だけど、さすがに私の声はその男性には届いたらしく、舌打ちをして私の方をギロッと睨んできた。