バーテンダーはアップルタイザーをグラスを入れながら私の方を見ずに答えた。

「そういうことがあったことは記憶しておりますが、詳しいことは申し上げることは差し控えさせて頂きます」

あー!案の定じれったい回答だ。

だけど、せっかくなのでもう少しだけカウンター越しに詰めよってみる。

「実はあの後、本当に助かったっていうか。なので、是非お礼が言いたいんです。詳しくじゃないくてもいいのでどんな方だったとか、このバーの常連だとか、それだけでもいいので教えていただけませんか?」

「アップルタイザーでございます」

バーテンダーがカウンターの上に置いたアップルタイザーからシュワッとリンゴの香りと炭酸が弾けた。

恐らく答える気なんてさらさらないであろう彼は私とは一切目も合わさず再びグラスを拭き始める。

まぁ、個人的な情報を漏らすことにもなっちゃうし、バーテンダーの立場としたら難しいことだということも理解できる。

「ありがとうございます」

私はあきらめて、グラスを持ったまま自分の席に戻った。

ソファーに座り、アップルタイザーを一口飲む。

さすが隠れ家的バーとだけあって、今まで飲んだものと香りも味も違うような気がした。

気がしただけで、それ以上深く聞かれたら答えられないけれど。

グラスを口につけながら薄暗い店内をゆっくりと見渡す。

このどこかに錦小路社長がいるんだ。

私の中では、勝手に確信していた。これも根拠のない確信だと言われればそれまでだけど、今までも信じて突き進む方がいい結果が得られている。

それにしてもここまで薄暗くする必要ある?

ほとんど人の影しかわからない。

だけど、社長は一人で店内に向かったはずだ。ということは、カウンターに座る二人のうちのどちらか?