変な動悸がしている。冷静にならねばと目をつむり深く深呼吸をした。

「まぁ最初はそんな話はよくあることで、結局社長にはねのけられて終わりだと私も考えていたんですが、暇つぶしに調査していましたらどんどん面白い方向に行くんですよ。まさか、あの社長がそんな行動に出るなんて思いもしませんでした。一時の気の迷いかとも思えなくもなかったんですが、本当にそのまま女性編集者は彼の懐に入り込み、見事記事を書かせてもらうまでになった。もうお分かりですよね?」

近藤さんは雑誌をパスンと机に音を立てて置くと、その上に肘をついて再び前のめりになる。

「あなたと錦小路社長はただならぬ関係ですよね。あんな短時間で恋人になるなんてあり得ない。体を張って……というタレコミは事実だった。その体を張ったあなたに社長はまんまとひっかかったわけだ。あれほどマスコミを寄せ付けず、自分のアラをひた隠しにしていた彼がね。こちらには証拠写真も手に入れてます。どうしますか、お嬢さん?」

彼の言ってることは真実なんだろうか。

それとも、私にカマを掛けているだけなんだろうか。

ここで負けたら終わりだ。

私がどうなろうと構わないけれど、礼さんと会社に迷惑かけるようなことだけはしたくはない。

「証拠写真を御社でいい値で買い取ってもらうか、あなたが知っている錦小路社長の情報を売るか、もしくはわが社に転職しその太いパイプで錦小路社長の記事をうちの雑誌に寄稿してもらうか」

無茶苦茶な選択肢にぐっと言葉を呑み込む。

「今すぐに答えを出すというのはあまりにも酷でしょうから、一度じっくりお考え下さい。来週またお返事を伺いにまいります」

そう言うと、近藤さんは立ち上がり、雑誌を机の上に残したまま商談室から出ていった。

血の気が引くとはこういう状態を言うんだ。

頭は真っ白で、立ち上がる気力もない。

数日前の、幸せすぎて怖いと思うほどの彼との甘い時間がガラガラと音を立てて崩れていくようだった。

誰に相談すればいい?

誰にも相談なんかできない。

だけど、私は逃げることも許されない。だって、逃げたって証拠は掴まれているかもしれないんだもの。

間違いなく礼さんや編集部に迷惑をかけることは避けられないんだ。

私は机につっぷしたまま、机上に置いてある時計の秒針が小さく時を刻む音を無の境地で聞いていた。

今はもう何も考えられない。