近藤さんは机に両肘をつくとやや前のめりになり私の顔を覗き込む。

思わず、椅子の背もたれに背中をくっつけて彼から体を引いた。

「今日発売のJOB♡JHOSHI!は、発売日前日、その内容が公開された後うちの社でも話題沸騰でしてね。何でもあの大のマスコミ嫌いの錦小路社長の記事を掲載されたとか?」

「……ええ、それが何か?」

体を引いたまま、できるだけ表情を変えず答える。

「あれだけの社長によくぞオッケーサインを出してもらいましたね?私達は小さい会社でやむを得ないとしても、大手出版社ですら断られ続けていたというのに一体どういう手を使ったんですか?」

案の定、彼の記事のことだった。

でも、どうして私を名指しで呼び出したりしたんだろう?

私があの記事を担当していたってことは外部には誰も知られていないはずなのに。

相手も編集記者だ。言葉尻を掴まえられて、何を記事にされるかわからない。

山根さんに助けてもらおうと咄嗟に思いつき言った。

「編集長を呼んでまいりましょうか。私よりも事情はよくわかっていると思いますので」

「いえ、結構です。私は藤さんと話がしたい。だって、その事情は藤さんが一番よくご存知のはずでしょう?」

「え?」

両手を顔の前で組んだ近藤さんの目がいやらしく光っている。

この人は、何を知ってるというの?

「単刀直入に申し上げましょう。藤さんに是非、うちの会社に来て頂きたいのです。あの錦小路社長を手玉にとってしまうようなその手腕を見込んで、うちの社を大いに盛り上げて頂きたいのです。もちろん十分な役職と報酬は用意しております」

「手玉にとる?」

引っかかった言葉が思わずこぼれ慌てて口を堅く結んだ。

どういうこと?引き抜きってこと?

彼からの言葉の含みがあらゆる場所から飛んできて、収拾がつかなくなっている。

近藤さんの私を瞬きもせず見つめるギラギラとした目が怖くてうつむいた。

私の表情は頑なにこの動揺を隠していたつもりだったけれど、机の下の足は意思に関係なく勝手に小刻みに震えている。

この近藤という人は、もしかして私を利用しようとしてる?

それは、私の秘密を握っているということだろうか。

胸の奥で不安と焦りがぶつかり合い、私の思考回路は完全にシャッターを下ろしてしまった。