「そうだったかしら」

編集長は特に時間を気にする様子もなく、私の問いかけをさらっと流し手帳を持って立ち上がる。

そして、川西副編集長を呼ぶと二人で会議室に入ってしまった。

「誰からの電話だったの?」

会議室の扉が閉まったのを見届けると、由美に顔を近づけて小さな声で尋ねる。

彼女はキーボードをたたく手を一瞬止めて、私に顔を向けると言った。

「N新聞社の曽根崎さんとおっしゃってました」

「N新聞社?そんな大手新聞社からなんて珍しいわね」

「ええ」

由美は仕事が立て込んでいるのか、すぐにまた正面を向いてキーボードをたたき始める。

忙しい時の由美には触れてはいけないというのが鉄則だったけれど、気になる私はクールな由美の横顔に更に尋ねた。

「何の要件だったの?」

キーボードをたたいく手を止めないまま、由美は静かに答える。

「よくわかりませんが、今日発売の記事の件で編集長に聞きたいことがあるって言ってました」

「今日発売の記事?」

これ以上勝手に詮索するのはよくないと思い、私はそれ以上聞くのはやめておくことにした。

記事といえば、やっぱり例の錦小路社長の記事のことだろうか。

確か松下さんが、N新聞社は何度も錦小路社長から取材を断られてるとか言ってたっけ。

だって、あの大手のN新聞社からの電話なんて、未だかつてかかってきたことがないもの。

一体あの記事に対してどういう要件の電話だったのかしら?

電話の相手と神妙な面持ちで話していた山根さんを思い出して微かに胸がざわついた。

いやいや、こういう時の胸騒ぎの後、あまりいいことがあった試しがない。

何かあればきっと編集長が真っ先に私に相談してくれるはずだ。

わからないことをあれこれ考えるのはもうやめよう。

その時、斜め前の坂東さんが私を呼ぶ声が聞こえた。