「知ってるよ」

これまたあっさりと答えが返ってきたことに逆に意表を突かれ、目を丸くして彼の顔を見つめた。

「え、知ってるんですか?」

「社長の秘書に仲のいい同期がいてね。たまたま先日そんな話になったんだ」

「まさか、そのバーの名前なんて教えて頂けるなんてことはないですよね……」

男性は口元に手をやり、くすっと笑うと小さな声で言った。

「情報料は安くはないけど」

私がその言葉の真意を探るべく首を傾げると、すぐに男性は真面目な顔で私に向き直り続けた。

「教えてもいいよ。ただし、俺もそのバーに君と一緒に行かせてもらう。万が一、君が社長に無礼なことをしたときは俺の責任で阻止させてもらわないといけないからね」

「同行されるということですね」

この男性も一緒に行くことは、少々気が進まないけれど背に腹は代えられない。

「教えて頂けるならこんなありがたいことはないです。同行については承知しました」

「じゃ、決まり。これ俺の名刺。今日の夜七時にN町駅の改札前で」

差し出された名刺には間違いなく【トップ・オブ・ジャパニーズフード】と書かれ、その下にFrozun food事業部営業グループ 山川 哲人(やまかわ てつと)と続いていた。

こんなことってあるのかしら。

まさに棚から牡丹餅。そんな人生初の奇跡的出来事に受け取った名刺を持つ手が震えた。

「悪いけど君の名刺ももらえる?」

「はい、もちろんです!」

私は慌ててバッグから自分の名刺入れを取り出し山川さんに渡す。

彼はまじまじと私の名刺を眺め「藤 都、さんね」と確認すると、「これから商談があるからもう行くよ。また後程」と言ってその場を速足で立ち去った。