反対されるだろうと覚悟を決め自分の進路を伝えた時、母は「あなたらしい素晴らしい選択だ」と喜んだ。

「自分のように日々忙しくしている全ての親に代わって皆が幸せになるような食品を生み出してほしい。それが他ならず医療の大きな手助けに繋がる。食べることは生きることだから」と。

食べることは生きること……。

母は、『食』がどんな治療や薬よりも命を繋ぐため必要なものだということを話してくれた。

その言葉で礼は迷うことなく食品会社に進み今に至る。

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「今こうして私がちゃんと生きていられるのも、礼兄ちゃんがおいしい食事を毎日欠かさず作ってくれたお陰ってことなの。ほんと、拘り屋の兄ちゃんの作る料理ったらプロ顔負けのおいしさだったのよ」

澪さんは長い黒髪をかき上げるとテーブルに両肘をついてグラスを手にとった。

彼の過去の選択はとても彼らしいと思う。敢えて医者という道を選ばず医療の手助けになる食品会社に進むなんて。

でも、もし彼が医者になっていたら、女性の患者さんたちが毎日のように列を成してやってくるかもしれない。

それはそれで命を守る効果はあるよね。

一人そんな想像をしてくすりと笑ってしまった。

「お母さまは元気にしていらっしゃるんですか?」

苦労しながらもそんな素敵な礼さんを育て上げた彼の母親は今もまだ医者を続けているのかしら。

「ああ。こちらが驚くほど元気にしている。今も医者仲間に支えられて病院長としてはりきって働いているよ」

「そうなの。帰国ついでに会いに行こうかと思ったんだけど、互いに元気なら来なくていい!なんて言われちゃったわ」

澪さんも首をすくめて苦笑した。