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とうとう一線を越えてしまった。

あらためて考えると、とんでもなくすごい人と関係を持ってしまったんだということに気づく。

しかも初めて男の人とそういうことになったその相手が彼だなんて。

彼は何度も私のことを好きだと言ってくれたけど、本当なんだろうか。

だって、世界を股にかける業界では有名な錦小路社長だよ??

でも、昨晩のことは夢じゃないって確信だけはあった。

まだ彼の息遣いや抱擁の一部始終をしっかり覚えているし、ふとした時に思い出してはドキドキして顔がにやけてしまう。

彼に宣告された通り、昨晩はそのまま彼のベッドで眠り今朝は彼のマンションから出勤したことも夢であるはずがない。

普段と違う朝に、誰かに感づかれやしないか緊張しながら自分の席に向かった。

「おはようございます」

「おはよう、都。……あれ?」

坂東さんがパックのオレンジジュースを飲みながら首を傾げる。

「昨日もそのスーツじゃなかったっけ?」

うっ。

一番突っ込まれたくないところをつかれた。

彼の妹のために用意しているという衣類の中から下着だけは新しいものを拝借したけれど、他の洋服はカジュアルなものばかりだったので、結局自分の着ていたスーツを今朝も着ている。

よく着ているスーツだから余計に坂東さんも目についたのだろう。

「はは、すみません。今日寝坊しそうになったから、とりあえず一番近くにかかってたスーツ着たら昨日と一緒でしたー」

とりあえず適当に笑ってごまかしてみる。

「ん?」

坂東さんはそう言うと私の顔を凝視し、何かに反応したかのように私のそばにやってきた。

「都」

「はい?」

「今日は肌つやがいいけど、何かいいことでもあった?」

嘘だー。

どうしてそんな微妙な変化まで感じとっちゃうの?

校正の鬼と自称するだけあって、坂東さんは細かい変化にも敏感なんだよね。全く侮れない人だ。