米倉秘書は、淹れたお茶を俺のデスクに静かに置くと言った。

「社長、昨晩日本に戻られたばかりでお疲れのご様子ですが、今日のご予定調整いたしましょうか?」

「いや、今日中に回らないといけない大事な相手先ばかりだ。大して疲れてはいないから大丈夫だ」

「そうですか」

「ところで、例のGO!GO!出版社には連絡入れてくれたか?」

「はい、社長からご連絡ありました通り、朝一番にお電話でお伝え致しました」

「相手の反応はどうだった?」

「ええ、とても喜んでおられました。そして、うちの藤がお世話になりました、と」

「そうか」

湯気のたった茶を一口飲む。

やはり、熱い日本茶を飲むと自分が日本人であることに安心する。

この日本茶という茶は、世界中どこを探してもない深みのある味をしている。

どんなに疲れていても、この香ばしい茶葉の香りと濃い苦みを口に含むと、その疲れが不思議と半減するようだ。

世界に誇れる茶だと毎回海外に出張する度に思っていた。

「それにしても、社長が出版社に肩入れされるとは正直驚きました。藤という方は社長のどういったお知り合いなのですか?」

「米倉には関係のない話だ」

「すみません!プライベートなことをお聞きしてしまいました。では、車を裏に回しておきます」

勘のいい米倉は慌てて俺に頭を下げると社長室から出ていった。

下手な言い訳はしたくはない。

誰にどこでどうかぎつかれ、アラを探されるかわからないからな。

例え信用している秘書ですら、時には疑うということをしなければならない社長という立場がつくづく不憫だ。

俺は茶を飲み干し、ハンガーにかけていた上着を羽織ると社長室を後にした。

米倉には「夜遅く戻る」とだけ言い残して。