「まずは……これまでのたくさんのご無礼、申し訳ありませんでした。ご迷惑おかけした上に、渡辺さんやアレッサンドロさんへの取材手配までしていただいたことには感謝しかありません。本当にありがとうございました」

彼は私から視線を落とすと、軽く息を吐きながら小さく言った。

「そんなことか」

「いえ、それだけじゃはありません」

「なんだ?」

怪訝な表情で彼はバーボンを一口飲む。

「私は、どうしてもあきらめられません。社長のことを……記事にさせて頂きたいんです」

「まだ言ってるのか。何度も俺は言っただろう?どうして出ないかってことは」

「よく理解しています。なぜあなたが出たくないのか。あなたが守るべきものの重さ、そして私が信頼に値しないということも、よく承知した上でどうしても私の気持ちを聞いてほしかったんです」

私は深呼吸して、明らかに不機嫌な様子の彼の横顔に体を向けた。

そして、彼と別れて一人になってからずっと自分の内に抱いていた思いを吐き出していく。

「社長から頂いた私への言葉は、どれも身につまされるものばかりだったし真をついていました。それは、社長自身のこれまでのご苦労や経験から出た嘘偽りない言葉で、だからこそ胸を打たれたんです。私みたいに必死に働くけれど、はっきりとした答えを見つけられずにもがいている人はこの世にたくさんいます。あなたの声を私だけの胸にとどめておくのはもったいない。できるだけ多くの人にあなたの声を届けたいんです」

彼はようやく私に視線を向ける。

「俺のような考えの奴はこの世に嫌っていうほどいるし、俺よりももっと素晴らしい言葉を届けられる人間もまだまだいる。俺に固執する必要はない」

「錦小路社長でないとダメなんです!」

「しつこいぞ」

彼はイライラした様子でカウンターに肘をつきその手を自分の額に当てる

「リスクがあったとしても、それ以上にあなたの言葉はこの世にあなたが存在しているという証。私はあなたと出会って、誰かに伝えることの大切さだけでなく、その言葉を伝えた人の存在をしっかりと残していく使命があるってことに気づきました。錦小路社長という存在の証を私に残させて下さい。あなたが背負うリスクを共に背負う覚悟もできています」