あらためて錦小路社長の会社の入るとんでもなくキラキラと聳え立つビルを見上げると、足がすくむ。

つい先週まであんなに近い存在だった彼がとても遠くに感じた。

彼との出来事はまるで夢だったかのような錯覚を覚える。

社長に会って話をさせてなんて、そんな恐れ多いことを今から挑もうとしてるんだよね。

私を抱きしめた熱くて大きな体と柔らかい唇、そして頬に当てられた手のひら。

本当に、その彼が錦小路社長だったんだろうか。

ここまで来て、そんなことを言い訳に一歩が出ない自分がはがゆい。

だけど、その一歩が出ないのも、私が彼に恋をしているから。

「藤都なんか知らない」なんて、もし言われたらどうしよう。

「お前とは二度と会わない」って言われたら?

山根編集長が私に確認した「覚悟」はきっとそういうことだったのかもしれない。

彼に会いに行くことがこんなに怖いだなんて。

ぐっと奥歯を噛みしめ、ビルを見上げた。

行かなくちゃ。

例え、彼の対応がけんもほろろだったとしても、私には会いに行く義務がある。

そして、彼に伝えたい言葉がある。

その誠意が伝わるかどうかはわからないけれど、最後かもしれない彼に知ってほしい私の思い。

大きく深呼吸をすると、ビルのエントランスに足を踏み入れた。

エントランスの受付の前で足を止めると、正面に座っていたきれいな受付嬢が私に微笑み頭を下げた。

「お、おはようございます」

「おはようございます。どちら様とお約束でしょうか?」

「お約束はしていないのですが、トップ・オブ・ジャパニーズフード・CO.の錦小路社長にお会いしたいのですが。GO!GO!出版社 藤とお伝えいただければ……」

受付嬢は眉をひそめるが、無下に断る理由もないのか「はい、少々お待ち下さい」と答えると内線電話で秘書に繋いだ。

胸の奥がドクンドクンと激しく脈打っている。