「足はなんとか大丈夫そうです」

そう言うと、彼女はゆっくりと立ち上がった。

「雨も上がったみたいですし、先を急ぎましょう。でないと日が暮れてしまいます」

都は、少し足を引きずりながら窪みの外に顔を出す。

いつの間にか雨は上がり、雲の合間から日が差していた。

俺も重たい体を起こし、立ち上がる。

「本当に大丈夫か?都」

そう言うのがやっとだった。

振り返った彼女の顔は雲間から差し込んだ日に照らされて輝いている。

思わず見とれそうになり、慌てて前髪をかき上げ腕時計に目を向けた。

「まだ三時だ。ゆっくり歩いても日が暮れるまでには街に戻れるだろう。無理するな」

俺は彼女の肩に手を置き、目的地の方向に顔を向けた。

「はい!」

このまま肩を抱いて歩いてもいいが、もうこれ以上は無理だ。

それが都のためだし、俺のためだ。

そう、元々は全て俺のためだった。

いつの間にか彼女のために全てが動いている。

都の肩から手を外すと、足元の泥水を避けながらもと来た道にゆっくりと歩みを進めた。

そして、前を向いたまま彼女に言う。

「お前は明日の便で日本に帰れ」

「え?ど、どういうことでしょう?」

明らかに動揺する彼女の声がした。

「一週間という期間を守れなくて申し訳ないが、お前の雑誌には出れない」

「私じゃ、やはり……無理ってことでしょうか……」

「そういうことだ。お前には俺、そして俺の会社のリスクを背負えるとは思えない」

「信頼、していただけないということですね……」

「……行くぞ」

俺は彼女のその問いには答えずゆっくりと歩き出した。

もうこれ以上、彼女を巻き込めない。

俺のあいつへの思いが熱くなればなるほど、まともな判断ができなくなっていく。

雑誌なんかに出るなんてことになったら、それこそ公私混同甚だしい。

俺が一番許せないことだ。仕事と恋愛、それは決して交わってはいけないものだ。

それは俺にとっても、都にとっても何らいい意味を持たないことだけははっきりしている。

彼女の足を引きずる音を聞きながら、どんなに胸がにぶく痛んだとしても振り返らないと心に誓った。