「なんとか間に合った」

とりあえず狭い危険な道から脱出したことに安堵した表情の彼は私を背中から下ろすと、勢いを増していく雨空を見上げ、「急ぐぞ」と言って私の手をとった。

私は彼に手を握られたまま先を進んでいく。

彼の手はとても熱く、そして柔らかくて大きい。そして、ちっとも嫌じゃなかった。

過去の経験で男の人っていうだけで、昔から毛嫌いしていた自分が別人のように思えてしまうほどに。

そして不思議と、その手に自分の小さな手が包まれているといつの間にか足の痛みもどこかに行ってしまっていた。

っていうか、彼に手を繋がれているんだよね?

だけど、今はそんなことで喜んでいる場合ではないと自分を戒める。早く山を越え、ホテルに戻らなくちゃ。

慣れない山でこの雨だ。時間が経てば経つほど危険なことは私でもよくわかっていた。

でも、この雨の含んだ土の上は普通に歩くよりも体力を消耗する。

「少し休もうか」

さすがに疲労の色が見えてきた彼が言う。五十メートルほど先に雨宿りするにはちょうどいい大きな岩にできたくぼみが見えた。

彼に手を繋がれたままそのくぼみに急ぐ。

頭からシャワーを浴びたみたいにびしょぬれの私達はとりあえずその場所で雨が少し治まるのを待つことにした。

雨で濡れた体は、夕刻に近づくにつれ気温が下がる山の空気に体温を奪われていく。

持ってきたストールを体に巻き付けるけれど、薄手のストールじゃ何の役にも立たない。

「寒いか?」

しゃがみこんでいる私に彼が心配そうに尋ねた。