しばらく行くと、例の狭い道に出た。

決して下をのぞいてはいけない場所。

深呼吸をしてその道に足を踏み入れる。

その時、パンプスのかかとにできたマメが鋭く痛み、「いたっ」と声が洩れ思わず足が止まってしまう。やはり、こんな山道にパンプスは無茶だったのだろう。

「どうした?」

少し前を歩いていた彼が私の方を振り返る。

「いえ、大丈夫です。足にできたマメが少し痛んだだけで」

「この道はなるべく早く通ってしまいたい。雨も降りそうだしな」

空を見上げると、朝はあんなに晴れ渡っていたのに、どんよりとした黒い雲が山一面を覆っていた。

「乗れ」

「え?」

彼が私の前にしゃがみこんだ。

「足が痛いんだろう?とりあえず、このやばい道は俺が背負ってやる」

「いえ、でも、余計危ないんじゃ。下は崖だし」

「大丈夫だ。俺は結構な力持ちだってことはお前も何度か経験しているだろう?」

「私も何度か抱き上げてもらってますが……」

ってことは、私が重たいって暗に言ってるんだよね?

「余計なことは考えなくていい、早くしろ」

彼はしゃがんだまま私に顔を向け軽く睨む。

「すみません……」

何度謝っているんだろうと情けなくなりながら、彼の背中に身を任せた。

彼の背中は私が乗っても十分に広くて、そしてやっぱり立ち上がった時の視界はとても高かった。

彼も疲れているはずなのに、足取りはしゃんとしている。

だけど、さすがに彼の息遣いは少しずつ荒くなっていくのがわかった。

そりゃそうだよね。

進む道のすぐ横は急な斜面だし、一人の女性を背負って歩くのは相当に負荷がかかっているはずだ。

ようやくその狭い道を抜けた時、空から大粒の雨がぼたぼたっと落ちてきた。