「そうですかぁ。それは残念」

アレッサンドロさんはこの緊迫した空気を察しているのかいないのか、眉を八の字にして後頭部に手を当て残念そうに項垂れる。

私もこの美しい村の観光に少し後ろ髪をひかれつつも、どうして彼がそこまでいらだった様子なのかは理解できずにいた。

まさか、私とアレッサンドロさんに嫉妬してる?

なんてことはないよね。だって彼にはきっと素敵な彼女さんがいるはずだから。

「ここまでの道のりはきつかったでしょう?よかったらこの山の麓に湧き出ている水を飲んで下さい」

そう言うと、アレッサンドロさんは山小屋に入り、二つのマグカップにその水をなみなみと入れて持ってきてくれた。

水は何の臭みもなく滑らかでとてもおいしい。

「この水で日本酒を作っているのですね。確かにおいしい水です」

彼は納得した様子でその水を何回にも分けて味わっている。

「はい。日本酒に適した水に出会えなければイタリアで作ることは断念せざるを得なかったのですが、この場所を見つけたことは本当にラッキーでした」

「日本酒にはまずは水が命ですもんね。米もアレッサンドロさんご自身が作られているとか?」

すっかり仕事のペースに戻った彼にホッとする。

不機嫌な彼といるのは正直私も辛かったから。

アレッサンドロさんは、ここで日本酒を作り始めた頃は、知り合いの日本人から米を送ってもらっていたそうだが、今はこのミネラル豊富な水で田んぼを作り苗付けから行っているとのことだった。

案内してもらった山小屋の裏には広大な敷地が広がっていた。

もうすぐ田植えの時期だと言う。

アレッサンドロさん以外にもスタッフが10名ほどいて、その仲間達と田を耕し稲を育て、脱穀までを行っているとのことだった。

日本の田植えをこんなイタリアの山際でしているなんて、見るまでは信じられなかったけれど本当にできちゃってたんだ。