山の麓と聞いていたけれど、結局小さな山を一つ越えた先の麓だった。

時々道幅も狭くすぐ下が崖のような場所もあってヒヤッとする箇所もいくつかあった。さすがにここにはパンプスで来ちゃいけなかったと後悔するもしょうがない。

でも、私の歩みに合わせてゆっくり行ってくれた彼の後になんとか着いていくことができた。

帰りの方が怖いだろうな、と思いながらそっと崖の下をのぞくと背筋がぞわっとする。

かれこれ一時間半ほど歩いただろうか。これはもう軽いトレッキングとしかいいようがない。

ずきずきする頭と、山には不適合なパンプスのせいでもうへとへとだ。

これ以上は無理!と思ったところで、ようやく酒蔵と称する山小屋が見えてきた。

「よれよれだぞ。大丈夫か?あれが酒蔵だと思うからあと少しがんばれ」

「すみません、なんとか大丈夫です。でも思ってたよりきつい山道でしたね」

「ああ、想像以上だったな」

彼はこめかみから流れ落ちる汗を手の甲で拭い、私も額と首から汗がじんわり吹き出し顔が火照っていた。

山小屋の入り口は開放されていたので、二人で恐る恐る中をのぞいてみる。

「オー!にしきこうじさんですねぇ?」

その時、私たちの背後から大きな声が聞こえた。

振り返ると、とんでもなく背が高い(背の高い錦小路社長よりもまだ高い)、深緑色の瞳のスレンダーな男性がこちらに向かって手を挙げている。

彼がもしかしてアレッサンドロさん?

モデルなみのスタイルと堀の深い顔立ちの爽やかなイケメン。

頭にバンダナを撒き、腰には真っ赤なエプロンをしていた。

「お待ちしていました」

流ちょうな日本語でそう言うと、さっと右手を私の前に差し出す。

え?私?

戸惑いつつその手を握ると、アレッサンドロさんは「はじめまして。アレッサンドロです」と言って満面の笑みを私に向けた。

その人懐っこい笑顔に一瞬気持ちがクラっとする。

これかー。彼がさっき言ってたのは。

要するにこの笑顔にうぬぼれちゃいけないってことね。