翌日、午前の商談を終えたその足で予定通り彼とイタリアに向かった。

飛行機を乗り継ぎ、あとはタクシーを使ってイタリアの北部、フランスとスイスにも隣接する町に到着する。

マッターホルンの雄大な姿に圧倒されながら、その手間に静かに佇む緑の木々と芝生、そして湖の色の美しさに、ここは楽園と呼ぶにふさわしい場所だと感動した。

時々ハイキングを楽しんできた観光客とすれ違うけれど、日本人の姿は見かけない。

「どの角度からどの場所を切り取っても絵になりますね」

ホテルに向かう途中、彼の背中に話しかけてみる。

「そうだな。俺もこの町は初めてだがまれにみる美しい景色だ」

緑の合間に咲く白い華憐な花は、確かエーデルワイスだっただろうか。

空は青く澄み、その向こうにうっすらと雪をかぶったアルプス山脈が連なっている。

あの麓で日本酒が作られているのだと彼は言っていた。

冬場はスキー客がたくさん訪れるこの町には小さなかわいいホテルが幾棟も立ち並んでいて、
そのホテルの一つに彼は入っていく。

フロントでチェックインの手続きをしてくれている彼の後ろで、役立たずな私はただ待っているしかできない。

すると、急に彼が「What?No,no......」と言い、フロントマンに対して首を横に振った。

何かトラブルでもあったのかしら?

私はそっとカウンターの前に立つ彼の顔を覗き込み、「何か問題でも?」と小さく尋ねた。