一時間ほどの商談が終わり、彼と社長室を後にした。

本社の外に出ると、彼が少し口元を緩め「よしっ」と小さくガッツポーズをする。

「いい商談だったんですか?」

明らかに顔つきのいい彼に尋ねた。

「ああ、新作の冷凍高級食品と渡辺のクラフトビールの契約がうまくいった」

「渡辺さんのビールですか?それはよかったです」

「これであいつの名前もベルギーで広まるだろう。あと、面白い情報を手に入れた。明日はもう一件商談を済ませたその足でイタリアに向かう」

「へ?」

今イタリアっておっしゃいましたでしょうか?

聞き返すのも怖くて半笑いで彼の顔を見上げていると、彼が私の方に向き直りニヤッと笑った。

「嫌ならこのまま日本に一人で帰ってもいいぞ」

そう来るか~。

私はブンブンと首を横に振ると、「一緒に行かせて頂きます!」とはっきりとした口調で答えた。

どうしてイタリアへ行くのか?

彼の話によると、イタリア北部のアルプスの麓で日本酒を作っているイタリア人がいるらしいとのこと。

「イタリアで日本酒?!そんなこと可能なんですか?」

「いや、俺も知らなかったんだが、アルプスから流れ出る水はミネラルも豊富でその水で稲も育つらしい。以前日本に留学していたイタリア人の青年が日本酒に魅せられて少量ながら作ってるんだそうだ。是非話を聞いてみたい」

そう話す彼の目はキラキラしていて、まるで少年のようだ。

以前の好奇心旺盛でリスクを顧みなかった彼を垣間見れたようで胸がホクホクした。

彼と一緒にいたら次々と新しい刺激に見舞われるけれど、それはどれも私にとって新鮮でその次の展開に期待している自分がいる。

どんな展開になっても彼と一緒なら安心だと思えるんだ。

そういう人だから、これほどまでに会社を大きくできたんだろう。

皆が安心して着いていける社長。

「さ、あと一件、商談が残ってるから早く行くぞ」

腕時計を視線を向けた彼が私を促す。

「はい!」

また、今の自分の状況をふと忘れてしまった。

本当は、このまま忘れてしまいたかったのかもしれない。