私も渡されたルームキーを扉に差し込み、ゆっくりと押し開ける。

一人部屋にしては広く、品のいいアンティーク調のサイドテーブルと肘掛け椅子が置かれていた。そして、セミダブルよりも大きいベッドが部屋の中央に陣取っている。

肘掛け椅子に腰を下ろすと、明るい窓からブリュッセルの街が一望できた。

おもちゃのような建物が立ち並び、明るい日差しがそのかわいい屋根を照らしている。

夢みたいな色鮮やかな世界に、思わずため息が漏れた。

時計に目をやると、十一時。

早くシャワーを浴びて、着替えなくちゃ。

ぼんやりしていたらまた寝てしまいそうだわ。

私は慌てて自分の服を脱ぎ、シャワールームに飛び込んだ。

久しぶりのシャワーは気持ちがいい。頭から熱い湯を被ると、モヤモヤしていた気持ちまですっきりと洗い流してくれるようだった。

あまり時間がないので、さくっと浴びた後はふわふわの備え付けのタオルに身をくるみ持ってきたパンツスーツに着替える。

彼と部屋の前で落ち合い、ホテルのロビーにあるカフェで軽くランチを摂った。

食べた後はすぐにタクシーで、彼の会社と取引のあるベルギーで大手の高級フード店を展開する本社に向かう。

秘書らしき美しい女性に案内されて、社長室に通された。

秘書をはじめ、すれ違うスタッフ達が一様に私のことを首を傾げて見ていくのがたまらなく恥ずかしい。

だって、私は彼にとって何者でもないんだもの。

秘書でも社員でもなんでもなく、取材を受けてもらうための金魚の糞みたいな存在。

彼の横になぜだかいる不釣り合いな私に、皆が違和感を覚えるのもしょうがない。

それでも、彼が社長にどういったのかはわからないけれど、最終的に皆笑顔で私を温かく受け入れてくれた。

大事な商談と聞いていたので、私は彼の隣に静かに座り、時折理解できる英語の会話に耳を澄ませる。

やはり昨日と同様、彼は私の前では見せないような明るい表情で笑い、また相手の社長も彼と楽し気に話していた。

私にはわからない彼らの絆がそこにある。

その商談に同席しながら、錦小路社長はこれまで見てきたトップ達の中でも、社長として群を抜いた才能とセンスがあるのは明らかだった。

生まれ持ったオーラを放ちながらも、相手に敬意を払い引くところは引くけれど出るところは思い切って出る。

そんな姿を見せつけられたら、私でなくても誰もが惹かれずにはいられないだろう。