注がれたシャンパンを手に持ち、一颯さんと乾杯を交わした。私の好みに合わせた甘口のシャンパンも味わえない程に身体がカチコチに固まっている。居酒屋で言う所のお通しの様なもので、アミューズと呼ばれるワンスプーンに乗っている物を食す。

その後に前菜が運ばれ、緊張しながらカトラリーを手にしようとした時、震えた指先からフォークが滑り落ちてしまった。絨毯に真っ直ぐに落ちて、小さくカツンッと音がした後に倒れた。スタッフさんが直ぐに新しいフォークに取り替えてくれたが、頭が真っ白になっている。

「ごめんなさい、一颯さん。初めてで緊張しちゃって…」

「大丈夫だよ、実は言うと俺もドレスコード有りのフレンチは初めてだから」

私が恐る恐る言うと一颯さんは小声で返した。それを聞いて不安も解消された気がした。

「どちらかと言うと父が板前だから懐石料理の方が馴染みがあって、小さい頃から作法に厳しかった。こんなんでも、茶道や華道も習わされた」

「わぁ、茶道や華道も習ってたなんて素敵ですね。さすが老舗の旅館の御曹司です!」

「御曹司なんて言える程じゃないけどな。茶道や華道は咲希と一緒にサボってばかりいたから、先生にも愛想を尽かれた。真面目に取り組んでたのは兄だけだった。咲希なんて、見てば分かる通り、じっとしていられない性格だから直ぐに飽きちゃってたけど…。兄は旅館を継ぐと幼い頃から子供ながらに決めてたから両親も俺達には期待してなかったと思うから良いけどね」

「でもでも、一颯さんは高級ホテルの支配人にまで出世したんだから、御両親も鼻が高いと思いますよ」

「そんな事言ってくれるのは、恵里奈だけだよ」