「……中里から聞いたかもしれないが、星野は諦めた方が良いって言ってしまった」

一颯さんは、私が支配人室に入るとわざわざ近くまで来て、応接用のソファーに座らせて自分も隣に座った。

「どうして優月ちゃんの気持ちが分かったんですか?」

「吉沢を寮まで送るのに付き添いしてもらった帰り道、二人きりは気まづいから何となく星野との話をしたんだ。珍しく中里から星野の彼女について聞かれて、話をしていく内に気持ちに気付いたから諦めろと言ってしまった。その後、中里には会ってないのだが様子を見て来てくれるか?」

「偶然にも先程、従食で会えて今の話の一部始終を聞いたところでした。落ち込んでる様子はあったけど、吹っ切れたみたいですよ。その後に高見沢さんからメッセージがあったのに気付いたの」

「そうか、なら良かった。星野と元奥さんは嫌いで別れた訳じゃなく、生活リズムが合わずにすれ違ってばかりいたからなんだ。離婚した今でも関係は続いている。夫婦よりも、もっと気楽な感じなんだろうな?」

「そんな関係もあるんですね……」

星野さんの奥さんってどんな人なのだろう?

「中里には内緒だけど、星野の元奥さんは披露宴の時のアデンダーな。だから、ほら、息もピッタリだっただろ?」

「あー、なるほど!確かに息ピッタリで素敵でした!」

ヘルプに行った披露宴では、星野さんが披露宴を指揮するバンケットマネージャー、元奥さんがアデンダー、つまりは花嫁の介添人をしていた。阿吽の呼吸と言えるピッタリな身のこなしで、披露宴はとても素敵なものとなったのを覚えている。「……昨日、部屋に来れなくても電話は来るだろうと待って居たんだが来なかったな。寝てたのか?」

「吉沢さんの部屋に寄ったら遅くなってしまったから遠慮してしまいました。明日がお休みなので、今日はお邪魔したいのですが…」

「明日は生憎、俺も休みだから充分に構ってやる」

目が合った後、後頭部に右手を添えて、ソファーの肘掛けの部分にゆっくりと倒された。一颯さんは私を見下ろすように見ては、視線を外さなかった。私は恥ずかしくなり、目線を外すと「職権乱用も悪くないな……」と言って、そっぽを向いて無防備になっている左の首筋にキスをされた。