「すいません。ありがとうございます」

私が振り向いたのと、駆け寄ってきた男子生徒がそう言ったのはほぼ同時だった。


「いえ」

さっと渡して去ろうと短く言葉を返して視線を上げる。

そのとき初めて男子生徒の顔をまともに視界に入れた私の呼吸が、一瞬止まりそうになった。


え、嘘……

大きく目を瞠って静止する私を見て、彼が不思議そうに首を傾げる。


「あの、ボール……いいですか?」

私が拾ったサッカーボールをなかなか手渡そうとしないので、彼が困ったようにそれを指差した。


「あ、ごめん……」

ハッとして慌てて手を離すと、まだ受け渡していなかったボールが地面に落ちた。


「どうも」

ちょっと笑った彼がそう言って、バウンドしたサッカーボールを器用に足で蹴り上げる。

そのまま校庭のほうにくるりと踵を返すと、ボールを蹴りながら走って行ってしまった。