すると、エントランスに入る手前で榛名先輩が女性の方へ向き直った。

「サイカ、やっぱり俺たちは結婚できないな」

サイカというのは女性の名前だろうか。そして、今榛名先輩はなんて言ったの?
結婚できない?え?どういうこと?

すると、彼女の方もこくんと頷いた。

「わかってる。私も同じ気持ち」

どういうこと?ふたりは道ならぬ恋なの?

サイカさんという女性は美しく微笑んで、榛名先輩を見あげた。そして、彼の頬に自身の右手を押し当てた。

「傑のこと、応援してる」
「俺もだ。サイカの幸せを願ってる」

ふたりの濃密で切ない空気を、私は近くでまんじりともせず味わっていた。

付き合っているの?それでも結婚できず、別れを告げるの?

サイカさんという女性が榛名先輩から離れ、手を振る。マンションの敷地を出てすぐにタクシーを捕まえ、もう一度榛名先輩に手を振った。榛名先輩も手を振り、見送る。

次の瞬間、私は榛名先輩の前に躍り出た。

「先輩!」
「え?な?」

突如飛び出してきた私に、榛名先輩がかなり驚いた顔をする。こんなびっくりした表情もできるんだ。初めて見た!……じゃなくて!
私は半泣きで食ってかかった。

「どうして別れちゃったんですか!?あの女性と!」