直接言葉を交わせるチャンスかもしれない。
でも、なんて言って話しかけよう。走っていって、榛名先輩と呼んで、少しだけお話いいですか?って。
先輩は鬱陶しそうに私を見るかもしれない。話すことはないと言うかもしれない。
だけど、ほんのちょっとでいい。話がしたい。先輩の顔を間近で見たい。
そわそわと後を追う。傘があってよかった。気づかれずに後を追えるもの。しかし次の瞬間、私はぎくりとかたまった。

榛名先輩がカフェのガラス張りのドアに向かって片手をあげる。
やがて、中から女性が出てきた。清楚で綺麗な人。たぶん、あの時見た女性と同一人物だと思う……。
ふたりの表情は傘の陰で見えない。だけど、連れ立って歩き出すふたりの姿はとても綺麗だった。
美男美女と傘と雨、街の灯り、絵になる光景だった。

痛い。すごく痛い。胸なんてもんじゃなく、身体をまっぷたつに引き裂かれるみたいに痛い。

こんなときに再確認する。先輩が好き。他の女の人といたら嫉妬してしまうくらいに先輩が好き。大好き。

その人は誰ですか?
大事な人ですか?
ああ、それを聞く権利も私にはない。

私は華奢な折り畳みを肩に引っ掛けるように持ち、大好きな人の背中を見送った。
雨が強くなっていた。