その時、ブラックコーヒーを飲んでいた彼が、何かに気付いたようにこちらを見た。
迷わず伸びた手が、くいっと私の口元をなぞる。
え?
ルキが、流れるように拭ったクリームを舐めた瞬間、私の脳内にドッ!と今の状況が流れ込んだ。
若者で賑わうお洒落なカフェ。ふたり向かい合って座る私とルキ。周囲はカップルだらけ。側から見れば、私たちも恋人同士だと思われかねない絵面だ。
それに加えて、何、今の?
本当にこの魔王は、予想を遥かに超えることを平気でやってのける。それも無意識に。当たり前のように無言でやられるとさらに恥ずかしい。
思わず硬直すると、ルキは不思議そうに私を見つめていた。
「ん?どうした?」
「いや、えっと。すみません、ちょっとお手洗いに…っ!」
パンケーキを綺麗に平らげた後、急ぎ足でメイクルームに駆け込む。鏡の前で念入りに自分の顔を確認した。
クリームなし、ソースなし、他に変なところは何もないよね?
公衆の面前でこれ以上何かあろうものなら、さすがの私も羞恥心に耐えかねる。
深く息を吸って心を落ち着けた後、席に戻った。ルキはすでに荷物をまとめて私の鞄を持っている。
「そろそろ次の店にいこう。準備はいいか?」
「はい、お待たせしました。あれ?伝票は?」
「会計は済ませてある。安心しろ。ちゃんと魔界の通貨を換金してきた」
「えっ!?出してくれたんですか?すみません、お店を出たら払います」
「はっ。お前に払わせるわけないだろう。これはレストラン再建のための必要経費だからな。その代わり、店案内と“映え”とやらの戦略は任せたぞ」
なんだこのスマートな魔王は。
こんなの、まるでデー……
そこまで考えて、私はその先をシャットアウトした。変な妄想はよそう。これはあくまで仕事の一環なんだから。
頭の中を仕事モードに切り替え、その後もあらゆる店を回ったのだった。